昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

連載サウナ人生、波乱万蒸。

2020/11/15

阪神淡路大震災で全壊認定「建物を潰そうと」

「大学を卒業して、修行の意味もあり、東京の小さな会社に就職をしていたんです。数年働いた頃、阪神淡路大震災が起きて実家が大変なことになりまして。急遽会社を辞めさせていただいて、戻ってきたんです。

 帰ってみたら地震で建物が斜めを向いてしまって、もう営業はできないという状況でした。本当にこの辺一帯、ゴジラが暴れた後みたいな状況でしたから。ビルが倒れまくってますし、もうぐちゃぐちゃ。電気もついてない真っ暗な状態で、『本当に神戸は復興するのかなって』たぶん誰もが思ったことだと思うんですね。

華麗なるサウナ一族。ウェルビーの米田社長とどこか似た趣を感じる

 その中で当時50歳くらいだった父と、とにかく周りの迷惑になってはいけない、だから建物を潰そうと。全壊認定でしたから。その時もう一度温浴施設を作るべきなのか、すごく話し合いました。当然多大な借り入れも必要になるし、この神戸の状況でお客様は来てくれるのか、って不安で色んなことを考えたんです。

 でもね、その時に我々の背中を押してくれたのは、街の声だったのです。『神戸サウナいつになったら再開してくれるんや』という声をね、ものすごい沢山の方からいただいたんですね。我々としてもそんなに人様のお役に立っている施設だって考えたこともなかったんですよ。でも神戸サウナは地域の皆様にそれほど必要とされていた施設なんや、ということをすごく認識させていただいて。これは1日も早く作らないかんなという風に変わったんですよ。とにかくいいものを早く作ろうと、もうみんなでねじ巻いて再建にとりかかって。結果地震から2年と3か月後に再オープンを迎えられました。非常に早い再建でした」

38か国の人々がサウナ室内に10分間滞在したユニークな“サウナのギネス記録”。ここにも米田家の独創性が

 逆境は人を、サウナを強くする。サウナ王、太田広も阪神淡路大震災を経験した後に入ったサウナでサウナのありがたみを感じ涙したと語っていた。