友人で活動写真弁士を生業としている片岡一郎が記した600ページの大著『活動写真弁史』(共和国・刊)が十月末に刊行された。
これはまだフィルムに音を入れる技術がなかった無声映画時代に活躍した活動写真弁士たちの系譜を追った一冊で、映画史の中でも詳しく掘り下げることの難しかった弁士たちの一人ひとりについて丁寧に検証がなされている。
その刊行を記念して、片岡が推薦する「初心者でも弁士の魅力を味わえる無声映画」を紹介したい。
前回の『沓掛時次郎』に続いて今回は『番場の忠太郎 瞼の母』を取り上げる。『沓掛』と同じく長谷川伸原作の、抒情的に泣かせる股旅時代劇だ。
主人公の渡世人(江戸時代のやくざ)の忠太郎(片岡千恵蔵)は、幼いころに母と生き別れになり、その面影を追ってさすらい続ける。そんな忠太郎と人々とのふれあいが人情味豊かに描かれていく。
無声映画の魅力とは、役者の芝居や映像のテンポが、弁士の名調子や音楽と織り交ざった際に巻き起こるエモーションの高まりにある。今回紹介するDVDで弁士を務めるのは澤登翠。『沓掛』同様にしっとりとした口跡で長谷川伸の世界を表現、これが千恵蔵の詩情感たっぷりな芝居とぴったりと合わさり、観る側を前回以上に高まらせてくれる。
冒頭から泣かせてくれる。「兄(あに)さん、行かないで!」「はなさねえか!」「お前まだ親不孝が仕足りないのかえ」「子を想う親の心、親を慕う子の心。切られぬ絆が心を呼ぶ」血気盛んな渡世人とその妹と老母と物語の説明、それぞれ声色を巧みに使い分けながらドラマを盛り上げていく澤登の名調子に早くも酔いしれることができる。
その後も、母を追い求める忠太郎がどこか母の面影を感じさせる女性たちに温かく接する様が、心優しくも頼もしい口跡で語られていく。それが千恵蔵の温もりあふれる表情とあいまって、ほっこりとした感情をかき立てられる。
そして、圧巻はクライマックス。忠太郎はようやく母に巡り合うことができた。が、その母には強請(ゆす)りと思い込まれ、邪険に扱われてしまう。
「これが二十幾年(いくとせ)もの長い間、探し求めていた母の言葉か――忠太郎は呆然自失」
ガクッとうなだれる忠太郎の姿にそんな説明が重なり、切なさが募る。
「俺はやくざ者(もん)よ、ええい、ままよ」全ての感情を抑え込み去ろうとする忠太郎。真実に気づきながら、冷たく接さざるをえない母。澤登の名調子が役者たちの芝居に見事に溶け込み、感動を呼ぶ。
弁士と無声映画の魅力、この機会に再発見してほしい。