タピオカが流行し、原料のキャッサバが全国的に不足する。そんなニュースも記憶に新しい昨今。そんな卑近な例を挙げるまでもなく、これまで日本では数多くのスイーツが流行してきた。
ティラミス、マカロン、チョコミント……それらのブームはなぜ起こったのか。阿古真理氏の著書『何が食べたいの、日本人? 平成・令和食ブーム総ざらい』より、当時の熱狂を振り返りながら流行の理由を分析する。
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ティラミスブームとは?
このテーマは、私自身の体験から話を始めたい。なぜならティラミスは、私が青春時代に体験したブームのスイーツだからだ。
まず、バブル景気があった。「シティホテルでフランス料理を食べて、それから泊まるんだって」とカップルのクリスマスの過ごし方を噂で聞いたのは、1988(昭和63)年頃だった。それからイタリア料理のブームが来て、1989(平成元)年頃には、「イタ飯」という言葉で呼ばれるようになる。
私が実際にイタ飯をごちそうになり、話題のティラミスをデザートとしていただいたのは1990年の初夏だった。大阪のオフィス街、堂島で新聞記者をしている先輩から、マスコミ業界について聞いていた。私は、就職活動中の大学生だった。
「これが噂のティラミス!」。濃厚なチーズクリームの味、コーヒーの香りとのコンビネーションは感動的で、「こんなケーキ初めて食べた」と驚いたものだった。先輩から何を聞き、メインディッシュに何を食べたかはさっぱり覚えていないが、光が射し込む2階の明るいテーブル席で、白い大きなディナー皿に盛られた茶色とクリーム色の層をなしていたティラミスは忘れられない。今だったらカメラを出して撮るところだ。
ティラミスは、複雑な味と食感を楽しむスイーツの嚆矢となった
今振り返ると、20歳そこそこの私も巻き込まれたティラミスブームは、日本人の味覚が変わるターニングポイントだったと思う。流行ったのが平成になった直後の1990年前後というのも象徴的だ。ここから食はファッションのごとくトレンドの対象となり、人々の好みも和食から離れて多様になっていく。
日本人のケーキ観を一新した
それまで日本人にとってのケーキといえば、イチゴショートに代表されるシンプルな生地でフワフワのスポンジケーキだった。今もスポンジケーキは人気だが、定番のモンブランはクリーム中心のフランススタイルのものに置き換わった。
ムースをたっぷり使った濃厚なケーキや、クッキー生地やパイ生地を敷いたサクサクの食感を楽しめるケーキもある。そういう複雑な味と食感を楽しむケーキが人気になる導入部が、クリーム生地が主体のティラミスだったのである。
油脂をたっぷり含んだその濃厚な味も、従来のケーキから遠かった。その後、味も食感も多彩なスイーツが次々にブームとなる。1990年代~2000年代初頭にかけてのブームを列挙するだけで、日本人が未経験の味や食感を求めるようになったことがわかる。