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「一回、腹括ってやってみるしかないんちゃう?」角刈りの2人に案内されて、西成の飯場で働き始めたら…

「一回、腹括ってやってみるしかないんちゃう?」角刈りの2人に案内されて、西成の飯場で働き始めたら…

『ルポ西成 七十八日間ドヤ街生活』#2

2020/11/21
note

「土木経験ゼロ」取柄は謙虚さのみ

「兵庫と大阪、どっちがええ?」

「人が足りていない方に行きます。私、経験が本当にゼロなのですが大丈夫ですか?」

 土木経験がゼロの木偶(でく)の坊である私の取柄、それは謙虚さのみである。

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「何も問題ないわ。経験がなくてもできる現場に付けてやるから安心せえ。作業着とか安全靴もろもろも全部貸せるで。もちろん金は取らん。え、全部持ってるん? じゃあ決まりや。オールオッケーや! ほら、後ろに乗って寮に行くぞ」

(筆者提供)

 私は昨日の夕方、リサイクルショップで上下の作業着(1000円)とマルミで安全靴と安全帯(4000円)を購入した。はじめ安全帯がどういうものなのか分からず、ペラペラのベルトを持って「安全帯はこれですか?」と店員に聞いてしまった。

 安全帯は高所での作業の際、自分の腰と手すりなどをガチャリと繋ぎ、落下を防ぐ命綱のようなもの。こんなペラペラのベルトでは命など守れたものではない。店員は不思議そうな表情でそう教えてくれた。あいりんの男たちは長年、肉体労働で生きている。私は完全に浮いていた。

 後部座席に座るとすぐに車は動き出した。私は今の今まで飯場という存在をネットの中の文字でしか感じたことがない。どんな場所なのか外観も中身もまったく想像がつかない。三先通りで会ったシゲの部屋に行く時も「もしかしたら襲われて金を取られるのでは」と少しばかりヒヤヒヤしたものだが、その比ではなかった。私はこれから一体どこへ連れて行かれるのだろうか。

筆者が作業した解体工事現場(筆者提供)

「余計なことは聞かないから安心し」

 車はあいりんセンターを出発して5分も走らない距離にあるビルの前で停まった。さすがに近すぎるので缶コーヒーでもおごってくれるのかと思ったのだが、どうやらこのいかにもヤクザが所持していそうなピカピカのビルがS建設の飯場らしい。まぶしいくらいに太陽の光を反射している外壁さえ除けば、その辺にあるドヤと同じような造りである。一部屋ごとに窓が設けられており、半開きの窓からは干した作業着が見える。最上階だけなぜか窓が1つもない。元々ドヤだった建物を会社が買い取って改装したのだろう、住み心地は昨日まで泊まっていたドヤよりも良さそうである。