となると目の前にいるS建設の社員は私のことをもれなく前科者、もしくは逃走中の訳アリ人間と思っているわけで、「生きている価値なんて何もないのだから、何したっていい」くらいに考えているはずだ。
「仕事は明日からやから今日はゆっくり休んどき。兄ちゃんも色々あったんやろうし疲れたやろ。今日の3食と部屋代はタダにしておくから安心してな」とこんな感じで温泉宿にでも泊まっているような扱いが逆に不安を煽るのである。
コンコンというノックと共に……
書類の記入が終わると、「まっちゃん」という寮全体の世話人をしている小柄な男が部屋まで案内してくれた。まっちゃんもまるでデパートのエレベーターガールのようにボタンを押し、私を先に扉の方へ案内する。
「いまテレビを持ってきますから、少し部屋で待っていてください」と言うと、まっちゃんは小走りでまた下の階へ降りていった。私の部屋は4階で広さは3畳ほど。布団を敷いてしまえばほとんどスペースはなくなってしまうが、それでも快適に眠ることができる清潔さである。これにテレビと3食付いて風呂にも入れる。それで1日の共益費は3000円。1ヶ月にすると9万円ほどなので少し高い気もするが、法外な搾取といった料金ではない。
「失礼します。テレビを持ってきました」
コンコンというノックと共に、まっちゃんがダンボールに入った新品の液晶テレビを持ってきた。私は最近の若者らしくほとんどテレビは見ないので無駄なお金は使いたくない。こんな新品をビリビリと開封しておいてタダなんて、あいりんでは信じられなかった。
「國友さん、安心してください。テレビは部屋に備え付けなので追加料金を取るなんてことはしないですよ。それより遅くなってすみませんでした。いま配線をしますからね……」
どこまでも丁寧なまっちゃん。配線が終わった後は、1階にあるコインランドリーや大浴場の案内までしてくれた。
弁当を食べるとホッとしてしまったのか、一気に睡魔が襲ってきた。窓を開けると、生温かい部屋にひんやりとした空気が流れ込んでくる。電車が線路の上を走る音も心地よい。西成に来て約1週間、私は久しぶりに深い眠りについた。
※本書は著者の体験を記したルポルタージュ作品ですが、プライバシー保護の観点から人名・施設名などの一部を仮名にしてあります。