同世代で門下生がいたのは戸辺さんくらい
――広瀬八段は北海道在住の間にプロを志しました。20年以上たって、今度は指導する側になったと。
広瀬 地元にべったりではないのですが、土曜に行って、日曜に帰ってしまうので、現状はあくまでも手助けという感じです。住まいは東京なので仕方ない部分もあります。第1回では大きな問題はなかったと思いますが、慣れるのが先ですね。
――後進の育成といいますと、山川泰煕三段は広瀬八段の弟子です。弟子を取ったときは2010年に王位を獲得したころかと思いますが、まわりと比べても若いですよね。
広瀬 実際はさらに前に弟子入りして、1回目の試験は落ちてしまって、彼が合格したのはその翌年の2回目です。奨励会入りしたころに、私は王位戦でタイトル挑戦をしていました。
――22歳くらいで弟子を取るのは珍しいですね。
広瀬 同世代で門下生がいたのはまだ戸辺さん(誠七段)くらいで、全体的に見ても、たしかに若かったですね。若いころに通っていた蒲田将棋センターの席主の奥村友朗さんから頼まれまして。たぶん、本人の指名もあったのかなと思います。
自分にもいい刺激になればと
――以前から縁はあったのでしょうか。
広瀬 弟子に取る少し前に、蒲田将棋クラブで三面指しの指導対局を指して、平手で攻めを切らされて負けた記憶があります。三面指しを指した中に、現在三段リーグに在籍している子もいましたし、本田くん(奎五段)もいた記憶もあります。自分も指導対局をしたことのある後輩たちと公式戦で指す、そういう年齢になってきたんですね。
――若手のころですし、プレーヤーとしてトップに上り詰めるタイミングだったと思います。活動に支障が出ないと判断されたのでしょうか。
広瀬 さすがに悩みましたし、師匠(勝浦修九段)や同門の森内さん(俊之九段)や野月さん(浩貴八段)に相談した記憶があります。師匠に聞いたら、弟子を取るつもりはなくて、(広瀬八段が)取るなら判断に任せると。将棋が強いのはわかっていたので、見込みありということで取りました。弟子を取ることが自分にもいい刺激になればと思いました。
――広瀬八段は弟子入りしたのはどのような経緯で。
広瀬 師匠が北海道出身で、アマチュア時代に教わっていたアマ強豪の桜井亮治さんが師匠と昔から懇意だったんです。桜井さん経由で頼んだので、最初から決まっていたような感じでした。