「ネタツイがいつも万バズでYouTubeが100万回再生なのに、キャラクター人気投票が735票とはどういうことであるか、説明せよ」
と、無惨様は地獄で第2回パワハラ会議を収集して部下を締め上げているかもしれない。
「リツイートは1万くらい行くのに『いいね』が1000くらいしかついてない炎上ツイートってあるじゃないですか、無惨様ああいう感じじゃないッスかね」
と、「第1回パワハラ会議では過剰に平伏して殺されたので、今回はあえて腹を割ってフレンドリーにトークしてみようかな」と果敢にチャレンジした下弦の弐「轆轤(ろくろ)」はきっと今回も首を捩じ切られてしまうだろう。
(ひどい話としてバズればバズるほど嫌われるという非常に当然の結果なのでは……)
と頭の中でつい考えた下弦の参「病葉(わくらば) 」の思考もまた無惨様に読まれてしまうだろう。
そう、無惨様はバズパワー、ネットミーム力は最強なのに、読者崇拝をあまり受けない悪役なのである。少女漫画で人気のドS王子路線もあくまで「私に惚れていればこその強引なアプローチ」にキュンとするのであって、相手を虫ケラとも思っていない無惨様のパワハラはいくらイケメンでもNGなのであろう。
しかしながら、この「バズるのにちゃんと嫌われている」というところが悪役・鬼舞辻無惨様のキャラクター造形の優れたところであり、原作者である吾峠呼世晴先生の作劇術の勝利であるとも思う。
暴力的でありながら同時に教育的なコンテンツ
『鬼滅の刃』が、きわどい戦闘描写がありながら、低年齢層、またその親世代に非常に好感を持って受け入れられていることはよく知られている。実際、低年齢向けコンテンツとしての『鬼滅の刃』は、実によく考えられている。
基本的に過去のジャンプ人気マンガごっこにおいて、妹はお兄ちゃんたちからミソッカス扱いであるか、ひどい場合には無理やりフリーザ役をやらされて泣かされたりと散々な目にあってきたわけだが、『鬼滅の刃』においては「妹は基本的に箱に入れて守ってあげるもの。なお妹も適度にバトル参加したいので適当にうまい棒などを口にくわえて爪で引っ掻く単純攻撃は可とする」という未就学女児でも参加できる絶妙のルール設定で禰豆子というヒロインはキャラクターデザインされている。
また悪役である鬼にもそれぞれの社会的・経済的背景があることが描かれ、主人公炭治郎の「暴力や人殺しは許さないけど、この鬼たちにも心がある」という悲しみの描写によって、全国の純粋な子供たちが「なるほど、見た目が悪党っぽいからといって適当に弾圧すればいいというものではないのだな」と言った社会倫理を学べるようになっている。暴力的でありながら同時に教育的なコンテンツなのだ。