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「えっ今なんて?」と聞き返したくなる行動原理…バズるのに嫌われる『鬼滅』無惨様の魅力

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2020/11/15
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「えっごめん今なんて?」と聞き返したくなる行動原理

 第二に無惨様は、読者が共感できるような行動理由をあまり持っていない。

『ジョジョの奇妙な冒険』のディオなどは、貧しい生まれから裕福なジョースター家で這い上がる犯罪計画を立て、その挫折に人間のはかなさを知り「俺は人間をやめるぞジョジョーーッ‼」というあの名台詞を吐くわけだが、無惨様の場合「貴族の家に生まれなんとなく病弱で伏せっていたら善良な医師にうっかり不老不死にされてしまい、しかも衝動的にぶっ殺してしまったので理由がよくわからん。人間を食うのは別にいいが日光に当たれないのはなんとなくムカつくので人類を殺しまくって研究する」という、何回聞いても「えっごめん今なんて言った?」と聞き返したくなるような行動原理で動いている。

 日光に当たれないくらいなんだよ。それくらい我慢しろよ。冷静に考えると無惨様は「ほぼ不老不死で、しかも日光以外無敵である」という位置に最初からいてほぼ悩みなんかないわけであり、「生きるために極悪人の心臓だけを食べる、正義の平安ダークヒーローMUZAN -太陽は僕の敵-」的にセルフプロデュースできていたら人気も爆発していたはずである。

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著者提供

 しかし病弱な平安貴族という耽美な生い立ちにも関わらず、ジャイアンじみた粗暴さで場当たり的犯行を重ねた結果、暴力ジルベールというか健康優良粗暴超人みたいな歴史に残る悪役路線を驀進することになったのはひとえに作者のキャラクター造形の見事さと言えるであろう。「いや僕も大富豪の家に生まれて極悪非道の限りを尽くしているので、無惨様には非常に共感しますね」という読者も世の中にはいるかもしれないがそれはそれである。ジャンプなんか読んでないですみやかに教会で懺悔でもしてほしい。

「絶対悪」を引き受けることによって生まれたストーリー力学

 この無惨様が圧倒的な「絶対悪」を堂々と引き受けることによって「鬼滅の刃」のクライマックスには「巨人殺し」のダイナミックなストーリー力学が生まれている。

 斬っても斬っても死なず、次々と力尽きて倒れていく仲間の中、あらゆる知恵と技術を総動員して戦う鬼殺隊のメンバーたち。冷静に考えると徒手空拳の半裸男性一人に対して日本刀や毒物兵器で武装した数十人の集団があらゆる手段で殺害を企てている状況であり、無惨様も卑怯だの生き汚いだの言われる筋合いはまったくないと思うのだが、泣き言ひとつ言わずに堂々と極悪非道であるところはさすが稀代の悪役と言わざるをえない。