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 とばっちりを受けたように検挙されたのは作家の里見弴と妻と「愛妾」、久米正雄夫妻、川口松太郎と画家・小穴隆一、文藝春秋専務・佐々木茂索夫妻ら。

 新聞によって人数に違いがあるが、里見は妾宅で「車座になって花賭博の現行中を検挙」(東日)。久米夫妻は結婚10年の祝いの宴を東京・築地の料亭で開いている最中に検挙された。「震災以来の常習 各家庭で本式丁半」(東日見出し)とされた。

事件は文士らの賭博事件に飛び火した(東京日日)

 東日には、きっかけをつくった徳子の取り調べの模様を「伯爵夫人は巻舌で 係官も驚くやくざぶり」の見出しで書いている、「他の女たちの震え上がっているのとは異なって、しゃあしゃあと落ち着き『これで分かったかい。まだ調べることがあれば、何でも聞きなよ』とやくざのような言葉遣いで係官をたじたじさせている」。東朝は「これが伯爵夫人!」の見出しを付け、「賭博の際など、女だてらに大あぐらをかき、醜態を極めたものだそうである」としている。

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 吉井勇は旅行先から急きょ帰京。その際に詠んだといわれる歌がある。「夜ふかく歌も思は(わ)ず恥多きわが世の秋を思ひけるかも」。東日には「困惑の吉井伯」の記事が載っている。

 妻と僕の性格、趣味はあまりに懸け離れているので、家庭的には決して恵まれていない。昨年中はほとんど別居状態だったが、今年初め、友人の紹介もあり、神奈川・林間都市で同棲したが、やはりうまくいかず、6月からは自分はご承知のように文筆の旅に出るし、妻は東京に帰って独居していた。ダンスに熱中していることも知っているし、とかくのうわさも度々耳にしている。困ったものだと慨嘆したところで、僕と妻の性格ではいかんとも致し方はない。4、5日前、旅行先で妻のことを新聞で知り、「結局いくところまでいったな」と放っておくわけにもいかず、帰ってきた。

 離縁するかどうか、いま言明できぬが、落ち着くところに落ち着くまでだ。想像に任せる。

ジャズの音色に魅せられた瞳の美しい人妻

 吉井勇は、幕末の薩摩藩の討幕派志士で明治維新後、宮内次官などを務めた吉井友実の孫。10代から文芸誌「明星」に短歌を発表。石川啄木らと「スバル」を舞台に、青春の情熱を歌い上げた歌風で活躍する。酒と女に親しみ、花街を放浪。歌集「酒ほがひ」が代表作。

 一方、徳子は大正天皇のいとこ柳原義光伯爵の次女に生まれた。2人は1921年に結婚。男の子をもうける。しかし、千田稔「明治・大正・昭和華族事件録」によれば、勇は「自分の歌風が家庭生活と合わぬことに気づく」。「再び酒と女に歌材を求めて花街に遊ぶようになる。ほどなく、今度は徳子が結婚に幻滅を抱き始める」「夫が遊ぶならば自分も遊ぼうと、いつしか夫への反撃の気持ちが強くなる」(同書)。