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獣のような行為

 そして詩織が日本に戻るかどうか迷った3つめの理由は夫婦の性生活についてだった。

〈もともとふたりの間に愛情がなかったのですから夫婦の性生活も苦痛以外の何物でもなかったのです。

 夜――私は暗い夜にいつもいつも恐怖を感じました。逃げたい意識はあるのですが、逃げる場所がないのです。

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※写真はイメージ ©️iStock.com

 空が暗くなりまた恐ろしい夜が降臨します。テレビには古いアダルトビデオがつけられていました。私のか細い体は、暴風雨の中の落ち葉か花のように揺さぶられています。行為の最中の彼の顔は呪いをかけられた醜い南瓜のようです。ようやく嵐がやみ風雨が治まりました。でも、10分もたたないのに、また私に迫ってきます……。性交は、そうやって4時間にもおよぶことがありました。今日は何回? 3回? 4回? 陰部が腫れ上がって出血したこともありました。

 真夜中、人々が夢の世界に入るとき、私はいつもひとりで苦悶にのたうち廻りながら涙を流していたのです。こうした性の悩みを、相談する相手など、私にはいませんでした。いたにしても、どこから、どの程度話していいのか分かりませんし、話した結果笑われるのも怖かったのです。だから心の奥にしまいこんで、ひとり耐えるしかありませんでした。

 でも、そうやって我慢をしても、やはり限界があります。時がたつにつれて、私は、巨大な殻を背負ったカタツムリのような気分に陥っていったのです。なにしろ、その殻は、私を守ってくれる殻ではありません。じわじわと私を圧迫する重い重い殻です。そして知らず知らずのうちに私は無口になり、すべてに興味をなくしていきました。他人にもだんだん冷たくなり表情も暗くなりました。一方でいつも自分を卑しんでいました。私は異国の田舎で一体何をしているの? なんのために生きているの? そんな自問をいつもしていました。千葉の田舎にも何人か善良な人たちがいて、私のことを心配してくれましたが、私には自分の悩みが言えませんでした。中国には“家の悪いことを外で言ってはならない”という諺があります。私は、そんな諺に縛られている中国女性でもあったのです。〉 

 

 こうした2人の仲については弟が公判廷でこう述べていたことを付記しておこう。

検事 ふたりの仲は良かった?

 ハイ。ふたりで風呂に入っていたこともありました。

検事 兄は被告人に愛情を持っていたと。

 ハイ。