「一番苦しいときに夫を見捨てるのは不道徳だ」
いずれにしろ詩織に言わせると結婚3年目にして茂と詩織の結婚は、破綻の危機を孕んでいたのだという。しかし、そんな詩織を翻意させたのは中国の義兄と長姉の言葉だったという。
〈私の義理の兄と姉はいいました。「火事のせいで何もかも無くなってしまった茂さんは可哀相だ。その上、妻までいなくなってしまったら、あまりにも残酷というものだろう。人が困っているときに、その人を捨て、相手にしないなどということは冷酷なだけではなく、あまりにも不道徳だ」。
私にも義兄たちの考えは理解できます。一度夫婦になったからには、苦難を一緒に切り抜け、温かい愛情ある家庭を作るべきです。それは妻として当然の義務です。ただ、私には、茂さんに対して今後、どれほど努力しても、“好き”という気持ちが起こらないだろうということが分かっていました。夫婦として夜の営みもきちんと受け入れてきました。でもそれは、優しさの欠片もない獣のような行為で、ついに愛は生まれて来ませんでした。はっきりいって私にとり愛のない結婚生活は荒野であり、砂漠でした。私にはあの家に何一つ未練がなかったのです。
それでも、私は、最後に、義兄たちの意見に従うことを決めました。私の心を翻させたのは「一番苦しいときに夫を見捨てるのは不道徳だ」という言葉です。良心とは国によって異なるものではありません。私も人の子なのです。
ただ私は、私なりにあるルールを考えました。とりあえず彼に1年間の時間をあげよう。1年たって、茂さんが両親を失くした苦しみから立ち直ったら、きちんと話し合って、彼と別れよう。
私は両親に私の考えを伝えました。両親も私の考えを理解してくれて賛成してくれました。
「これからは子どものような気持ちではなく、大人として、生活ときちんと向き合い、それでも駄目で、帰ってきたくなったら、いつでも帰ってきなさい。誰にもお前を邪魔することはできません」