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傷つき疲れ果てて

 そして、こうも言いました。

「私たちの生活は大丈夫だからあまり心配しないように、それより自分を大切にし、自分を守ることだけを考えるように」

 異国で暮らすには、味方は自分だけしかいないのだ、ということを、両親は言いたかったのでしょうが、当時の私には、その言葉が理解できなかったのでしょう。だから今、傷つき疲れ果て、この場、拘置所にいるのです。ここから出ることができるとき、両親の言葉を深く理解することができると思っていますが、そのために、私は、人生のとても長い時間を使ってしまわなければなりません。高い、高い授業料です。

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 ともかく、そうやって私は鈴木茂さんの元に戻ったのです。ただ、少なくとも今は、当時そのようなことを心に決めたことを後悔しています。〉

 確かに、ここでも仮の話になるが、このタイミングで、日本に帰らない決断をしていれば、その後、重大事件が引き起こされることもなかったのだ。

※写真はイメージ ©️iStock.com

 手記を読み進めていると、詩織という女性の正体が分からなくなってくる。巷間言われていたように毒婦なのか、鬼嫁なのか? はたまた、融通のきかない頑固な田舎娘なのか、生真面目なのか? それとも、残るも地獄、進むも地獄という厳しい中国の農村部に止まるより、日本に戻り、永住権なり、国籍を得た方が、稼ぐこともできるし未来が展開できると、したたかに計算していたのか? いずれにしても詩織は「1年だけ」を胸に日本に戻るのだ。

中国人「毒婦」の告白

田村 建雄

文藝春秋

2011年4月20日 発売