起訴された案件だけで7人が死亡している「北九州監禁連続殺人事件」。

 もっとも凶悪な事件はなぜ起きたのか。新証言、新資料も含めて、発生当時から取材してきたノンフィクションライターが大きな“謎”を描く(連載第37回)。

北九州監禁連続殺人事件をめぐる人物相関図

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叔母に「妻子ある男性と交際している」と打ち明けて

 松永太と緒方純子は1982年10月頃に初めて肉体関係を持ち、以降は交際を周囲に隠しながらの不倫関係を続けた。

 この当時、松永は緒方に対して、83年2月に松永との長男を出産した妻・ジュンコさん(本名は漢字)に恋愛感情はなく、いずれ離婚を考えていると説明。離婚後は緒方との結婚を匂わせる言葉を囁いていた。

 ふたりが関係をもって間もなく2年を迎えるという84年8月頃、松永との関係に進展がないことを悩んだ緒方は、自宅の隣に住む叔母に「妻子ある男性と交際している」と打ち明け、今後のことについて相談した。

※写真はイメージ ©️iStock.com

 叔母がそのことを緒方の父・孝さん(仮名)と母・和美さん(仮名)に話したことで、緒方は不倫交際を知った両親からの強い反対を受ける。また彼女の親族が、松永が緒方家の財産目当てで近づいていることを見破り、それを両親に伝えたことも、火に油を注ぐ結果となった。

「離婚するには1億円の慰謝料が必要なので」

幼稚園勤務時代の緒方純子(1983年撮影)

 緒方が叔母に相談した際の松永の反応について、福岡地裁小倉支部で開かれた公判(以下、公判)での検察側の論告書には、次の記載がある。

〈松永は、緒方の相談を受けた上記叔母が松永の真意に疑念を抱くと、すかさず、それをうち消すべく画策していた。例えば、緒方に対し、叔母が、子供までいては簡単に離婚などできないから妻子ある松永とは別れた方がよいなどと助言したのに対し、松永は、実は自分の子供ではないと弁明した。さらに、それを伝え聞いた叔母が、緒方に対し、自分の子でないならすぐ離婚できるはずだと指摘したところ、今度は、松永は、離婚するには1億円の慰謝料が必要なので今は金を工面しているところであるなどと説明した〉

 同論告書では、こうした松永の発言がすべて口から出まかせであったと看破している。ここからはその続きだ。