「我々は赤軍派の者だ」
その直後、ロックしていないドアを開けて2人の男がコックピットに飛び込んできた。2人は相原と訓練生の植村を客室の方に追いやると抜き身の日本刀らしきものを振りかざし、「我々は赤軍派の者だ。機内は完全に制圧した。このままピョンヤンに行け」と大声でわめいた。よく見ると日本刀を持った手が小刻みに震えていて肚が据わっていないので抵抗するとバッサリやられると江崎は背筋が寒くなったという。
その間にも男たちは女性と子供を除いて男性客全員を後ろ手に縛り上げ、男性客を窓側に女性客を通路側に移動させた。乗客が逃げたり、抵抗したりするのを防ぐためだろう。
一方、コックピットでは石田、江崎と犯人たちとの間でこんな緊迫したやりとりが続いていた。
石田「ピョンヤンってどこだ」。
犯人「ピョンヤンを知らないのか。ピョンヤンはピョンヤン。北鮮のピョンヤンだ」。
石田はその言葉で彼らのいうピョンヤンとは普段日本人が平壌(へいじよう)と呼んでいる北朝鮮の首都であることがわかった。
江崎「そんなことをいっても、お前たちはどうやってピョンヤンに行くのか知っているのか。おれたちは行ったことがないんだから」。
犯人「名古屋から美保か米子の上空を通ってまっすぐ北に向かい、あとはレーダーで行けばいいんだ」。
このやりとりから江崎は、この男はどうやって飛行機が飛ぶのかまったく知らないなと感じた。レーダーで飛ぶというのは地上のレーダーが下から飛行機に対して方向を指示し、それに従って飛行するのであって、飛行機にあるレーダーで下を照らせばどこへでも行けるというものではないからだ。
そのあと江崎が「この飛行機は国内便だから、ピョンヤンに行くにしても燃料が足りない。とにかく予定通り福岡へ飛んで給油して、資料などもある程度集めてからピョンヤンに行くから」というと、この説明には説得力があったのか、ひとまず福岡に降りることに同意した。じつはどの飛行機も天候不良などで目的地に着陸できない場合を想定して、余分な燃料が積んである。
常識的に不可能なピョンヤンへの航行
そこで、本当に補給なしでピョンヤンまで行くことはできなかったのか私が質問すると、江崎はこう答えた。「我々の常識からすれば不可能です。燃料だけなら多少の余裕がありましたからピョンヤンまで行けたかもしれません。そうではなくてピョンヤンの飛行場がどこにあるのか場所がわからなかったのです。航空図もないし、行ったことがないのですから。我々パイロットの常識としては行先の飛行場がどういうところにあり、標高はどのくらいか、滑走路の長さがどのくらいなのか、誘導してくれる無線の周波数も知らなければなりません。
天候も問題です。それらのことを知らないでそういう場所に行こうとする発想自体が湧いてこないのです。直接行くというのは自殺行為に等しいのです。常識としてはまったく考えられません。だから不可能だったのです」。