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特集観る将棋、読む将棋

女流棋士が考える、将棋中継の「聞き手」で重要な3つのポイントとは

勝者にスポットライトが当たる一方で、その魅力を伝えようと努力する人もいる

2020/12/04

その人でなければできない話を引き出せるか

 こういった雰囲気作りは対局の背景や情勢、解説者のタイプ(よく話す、言葉少な目など)、対局の持ち時間など様々な要素を加味し、どういったものを目指していくかで変わっていく。生中継では静寂をできるだけ少なくするため、聞き手側から情報をたくさん提供することも多いが、たくさん話すことによって空気が軽くなってしまうこともある。今回は私自身も静寂を含めて、緊張感を一番大事にしようと決めた。進行もできる限り堂々とゆっくりと読み、重厚感を意識した。

 将棋の対局はJT杯のように2時間程で終局する早指しもあれば、タイトル戦などで1手に1時間以上考えるシーンも珍しくない。手が進まなければ指し手の解説も限界が来る。そこで指し手と関係のない話題に移るのだが、ここで重要なのが事前の下調べだ。

谷川九段と。撮影をお願いするのに緊張しました ©上田初美

 聞き手の仕事が決まると、まず対局者の情報をリサーチする。最近指した将棋や近況、インタビュー記事があれば目を通しておく。続いて解説者についても同様の準備をする。

 今回の一例で言えば、決勝カードでの今年度の対局数の多さが真っ先に目についた。そこから「1年間の同一カードでの最多対局」を調べてみる。すると解説者である谷川九段と羽生善治九段の23局だということが分かった。

 対局数の話題になった際に、羽生九段との1年間について谷川九段に聞くと「トップで戦う者同士は自然と対局数が増える。その1年は他の対局ももちろんあるが、ずっと羽生九段のことを考えている感じだった」とお話しいただいた。

 対局者と解説者を繋ぐ情報があれば、より自然な流れで実際の経験からの話を引き出すことができる。その人でなければできない話を引き出せるかは、聞き手としても楽しみの1つである。

 また、将棋番組は駒の動かし方が分からない位の入門者から有段者まで、幅広い棋力の人たちが同時に視聴する。プロの将棋の指し手の意味は非常に難しい。自然とその解説も、入門者や級位者には難しくなってしまうことがある。その際に解説をかみ砕き、ダメな変化が「なぜダメなのか」を視覚化するのも聞き手の重要な仕事になる。伝える側の傲慢かもしれないが、駒の動かし方が分からなくても、「なるほど!」と思ってほしいのだ。

上田初美女流四段が聞き手として出演したJT杯決勝戦

語られる機会が多くない聞き手という立場だが……

 話は少し逸れるが、私は会話のイメージトレーニングが昔から好きで、最近は長女に「サンタさんはいないの?」と聞かれた時の回答をよく想像している。頭の中での会話をブラッシュアップしておくことによって、実際に話す時に自分で納得したものを口に出せるのだ。

 1度出た言葉は元に戻ってこない。仕事であっても日常であっても、それを忘れずにいたい。

 聞き手や司会を得意とする女流棋士の中には、話し方教室に通ったり教本を読んだりする人も少なくない。普段語られる機会が多くない聞き手という立場だが、上手い人にはやはりそれなりの理由があるのだと思う。

 将棋界は対局が第一とし、勝つことが重要視され、勝者にスポットライトが当たる。勝負の世界では当たり前のことだ。しかし一方で、その魅力を伝えようと努力する人もいる。将棋をたくさんの人に教え、広めようとする人もいる。勝つか負けるかの世界だけど、生き方はそれだけじゃない。何を目指すかはいつも自分自身が選ぶのだ。

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