異様なほど焦り部屋に駆け込んできたのは……?
ドンドン! ドンドンドン!
翌朝。Sさんは2階の自室の扉を荒々しく叩く音と、普段では考えられない物々しい空気に叩き起こされた。
「おい! いるか!?」
「なになに!? うるさいから叩かないでよ!!」
「いいから鍵早く開けろ!!」
ドアの向こうにいると思しき父の声色は、滅多に聞かない“本気で怒ったときのそれ”に近いもので、Sさんは気押されるようにドアの鍵を開けた。
「なんなのマジで。朝からいきな――」
ガチャン”!
「ちょっと……!」思わずSさんが倒れこみそうになるほどの勢いでドアが引かれると、目の前に立っていた父は、額に脂汗をにじませ、高鳴る動悸を必死に押さえ込もうとしているかのように鼻息も荒く、カッと見開いた目でSさんを凝視していた。
「……な、なに?」
「お前、●●ビルに行くつもりだろ」
「……は?」
告げていなかったはずの廃ビルの名が父から飛び出したことで、Sさんの背中に不気味な気配が這い上がってきたが、本当の恐怖を感じたのはその直後だった。
「お前、死ぬぞ。あそこ行ったら」
夜中に目を覚ました父が見た、あるはずのない“模型”
Sさんが父から聞いたのは、にわかには信じられない出来事だった。
昨晩、Sさんの父親は夜中にふと目が覚めたのだそうだ。
普段からあまり深酒するほうでもなく、仮に飲んだとしてもトイレに起きるのは決まって朝方。滅多なことでは夜中に目が覚めることなどなかった。
ボーッと寝室の天井を眺める。まだ光は差していない。部屋の隅の壁掛け時計の微かな蓄光に目を凝らすと、どうやら午前3時すぎのようだ。「歳のせいかなぁ……水でも飲もう」と少し気落ちしながら、隣で眠る妻を起こさぬようにそっとベッドから立ち上がろうとした瞬間、サイドテーブルに置かれた見慣れぬものに気がついた。
「廃ビルの模型があったんだよ。電気ポットくらいのサイズの」
廃ビルの側面には「●●ビル」とかすれた文字が描かれている。模型、というにはあまりにリアルだが、模型としか言いようのないそのスケール感に異様な不気味さを感じて固まってしまったという。
「あるはずないだろ? 部屋のベッド脇にそんなビルが……」。Sさんが絶句していると、父は視線を切り、さらに理解しがたい光景を語り出した。