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「トイレの前までファンの列が…」元 “ビーチの妖精”浅尾美和がフィーバーを振り返る

元ビーチバレー選手・浅尾美和さんインタビュー#1

2020/12/18

 勝った、負けたがシビアな「勝負の世界」にあってなお、結果だけではなく“記憶に残る”アスリートというのも数多く存在する。

 元ビーチバレー選手の浅尾美和もそのひとりだろう。溌溂とした笑顔とともにプレーする姿を思い出すファンも多いのではないだろうか? 

 三重県立津商業高校時代はインドアバレーでインターハイ・国体に出場。3年時にはキャプテンも務めた。高校卒業後に転向したビーチバレーでブレイクを果たすと、CMやバラエティ番組など、本業以外にも引っ張りだことなった。

 一方、その人気の陰で、注目選手ゆえの秘めた苦悩も多くあったという。

 2012年に現役を引退し、現在はコメンテーターとして活躍。私生活では2児の母でもある浅尾が語る人気絶頂時の現役時代の思い出と、来年に迫った五輪への秘めた思いとは。(全2回の1回目/ 2回目を読む)

浅尾美和さん ©文藝春秋

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元「ビーチの妖精」浅尾美和

 一世を風靡するアスリートには、その個性を一発で連想させるキャッチコピーがついている。

「ビーチの妖精」

 そう唱えたとき、人々の頭に浮かぶのは──2000年代前半、砂の上を駆け回りながら愛くるしい笑顔を見せた元プロビーチバレー選手の浅尾美和だろう。

©文藝春秋

 2012年に現役を引退した後は、タレントとして再出発した。

 現在では結婚、出産を経てビーチバレーの解説者やワイドショーのコメンテーターとしても活躍している。

 テレビや現場で見せる姿は、現役時代と比べて顔つきが穏やかとなり、肌は小麦色から色白へ。それでもその美貌、屈託のない笑顔は健在だ。

©文藝春秋

海外なのにホームみたいだったワールドツアー

 そんな浅尾が現役時代、最も印象に残っている場面はどんなシーンだったのだろうか。

「タイのプーケットで開催されたワールドツアー(2007年)の試合です。そのとき、予選でオリンピック出場経験のあるイタリアチームに勝って本戦に進出したんです。ワールドツアーは自国開催ではない限り応援されることはほとんどありませんが、プーケットでは応援ツアーが組まれてサポーターの方々が応援してくれた。

 海外の試合なのに、まるでホームみたいで。こんなにも応援してくれる方々がいる私は幸せ者だなって。今でも思い出すと鳥肌が立ちます」