新型コロナウィルスへの対応に右往左往する菅政権。そのお粗末な対応ぶりは、安倍政権末期の最終ページに書き加えられた負の歴史の、まさに続編を見せられているかのようだ。果たして、コロナ禍において官邸・自民党内では真っ当な議論が重ねられていたのだろうか。「Go To」をはじめとした数々の政策の是非を考えると、つい疑問を抱かずにはいられない。

ここでは、菅義偉本人、関係者の生々しい肉声を丹念に積み重ねた読売新聞政治部によるノンフィクション『喧嘩の流儀 菅義偉、知られざる履歴書』を引用。非常事態を目の前に戸惑いながら奔走するしかなかった当時の安倍内閣を通じて、菅の「コロナ観」がいかに形作られたのかを明かす。(全2回の1回目/後編を読む)

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「何で厚労省があんなに反対なのか」

 厚労省は依然、官邸にとってやっかいの種であり続けていた。

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 例えば、検疫時の停留にも極めて消極的だった。官邸が3月4日、水際対策として「入国者の指定施設での停留」を盛り込んだ原案をまとめると、厚労相の加藤や厚労次官の鈴木俊彦が口をそろえて猛反発した。鈴木は約10ページの反論資料を官邸に持ち込み、「内閣支持率が落ちる」などと訴えた。厚労省の抵抗のすさまじさは、安倍が「何で厚労省があんなに反対なのか分からなかった」と戸惑うほどだった。

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 加藤は旧大蔵省(現財務省)出身で、元農相の加藤六月(むつき)の娘婿である。安倍家と加藤家は代々付き合いがある。菅にも官房副長官として仕えた。菅はかつて、「自分の後任ができるのは加藤だ」と漏らしたこともある。しかし、新型コロナ対応では、厚労官僚の言い分に引きずられることが多かった。

非常時の対応が後手に回りがちだった“強制労働省”

 厚労省が停留に及び腰なのは、「マンパワーの不足による」と見る向きは多かった。停留となれば、入国者の宿泊場所を確保しなければならない。そんな手間のかかる仕事にとても労力は割けないというわけだ。平時ですら、限られた人員で膨大な厚労行政に追われ、「強制労働省」とやゆされる。それ以上に負荷がかかる非常時の対応は、どうしても後手に回ることになった。

喧嘩の流儀 菅義偉、知られざる履歴書』(新潮社)

 官邸は厚労省の中でも、医系技官や薬系技官を最大の抵抗勢力と見なしていた。

 新型コロナを収束させるには、感染を予防するワクチンか、感染を治す特効薬が切り札となることは言うまでもない。ここで、技官の壁が立ちはだかった。

 安倍は富士フイルム富山化学が製造する新型インフルエンザ治療薬「アビガン」に目を付けていた。ウイルスの増殖を抑える働きがあり、新型コロナにも同様の効果が期待できるとみて、すでに2月21日の時点で、加藤らに積極活用を指示していた。新型インフルの治療薬として承認済みである以上、新型コロナに転用するのにはさほど手間がかからないと安倍は考えた。

 加藤はさっそく翌22日の読売テレビの番組で、アビガンの新型コロナ感染者への投与について「効くということになれば、全国に展開をして治療に使っていきたい」と述べた。