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一度も身につけなかった “アベノマスク”…菅義偉はコロナ禍に揺れる安倍内閣をどう見ていたのか

『喧嘩の流儀 菅義偉、知られざる履歴書』より #1

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 幸い工場に目立った損傷はなく、のちに生産が始まった。工場が解体されていれば、アビガン原料の国内製造はできなかった可能性がある。茂木は「偶然が重なって何とかこぎ着けた」と振り返る。

 官邸の指示で、3月27日、経産省2階の一室で約10人の「アビガンチーム」が発足した。2月から3人ほどで活動してきた態勢を一気に拡大した。

 厚労省の抵抗がなおも続く中、安倍は3月28日の記者会見で、アビガンの国際的な臨床研究拡大や治験開始を表明した。

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安倍からも菅からも信頼されていた和泉補佐官

 菅の懐刀である和泉もその頃には、ようやく戦線復帰を果たしていた。

 安倍はかつて「役人ののりを超えてまで仕事をやってくれる」人物として、今井、北村と並んで和泉の名前を挙げたことがある。一部週刊誌が19年末、厚労省審議官の大坪との関係を報じると知った時、和泉は今井に「体を張って政権を守っている今井さんにご迷惑をおかけします」とメールを送った。今井からは「和泉さんはこの政権にはなくてはならない人です」と返信が来た。スキャンダル報道が出た後も、菅が一貫してかばい続けただけでなく、安倍も和泉を口頭で注意するだけにとどめていた。報道が繰り返されても失脚せずに済んだのは、安倍と菅の双方からの信任を得る存在だったということが幸いしたようだ。

真偽不確かな病床数が会議で伝えられた

 3月31日、官邸で連絡会議が開かれた。この会議は関係省庁の閣僚や次官らを官邸の首相執務室に集め、1月下旬から連日のように開かれてきた。安倍がしばしばトップダウンで指示を出す場でもある。この日の会議には、和泉も出席していた。

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「3800床です」

 会議の席上、厚労省の担当者が新型コロナの感染者向けに使える全国の病床数を報告すると、和泉は耳を疑った。

 厚労省の全国推計では、ピーク時の入院患者は約22万2000人。これに比べ、病床数があまりに少なかったためだけではない。47都道府県のうち、厚労省が回答を得ていたのは30にも満たなかった。