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「エイプリルフールのジョーク」と嘲笑されたマスク配布策

 小ぶりな布マスクを着けて本部に現れた安倍は「この布マスクは使い捨てではなく、洗剤を使って洗うことで再利用可能であることから、急激に拡大しているマスク需要に対応する上で極めて有効であると考えています」と胸を張った。

 マスクを求める人々は連日、店の前に列をなしていた。マスクの約8割を中国などからの輸入に頼っていたため、「品薄状態は当面続く」との予想もあった。だが、コロナ不況で目先の暮らしに苦しむ人々の目には、ピント外れに映った。安倍がマスク配布を表明するやいなや、SNS上は「マスクを配るための税金を現金で困ってる人にあげた方がプラスになる」といった意見であふれた。ニュースは海外にも飛び火し、ブルームバーグ通信は2日、「アベノミクスからアベノマスクへ。マスク配布策が嘲笑を買う」とする見出しの記事を配信した。米FOXニュースも「エイプリルフールのジョークと受け止められている」と報じた。

官僚ごとにさまざまだったアベノマスクへの対応

 布マスクの全戸配布の発案者は、首相秘書官の佐伯耕三だ。今井と同じ経産省出身の佐伯は、内閣副参事官を務めた際に安倍のスピーチライターとして才覚を発揮し、17年7月に史上最年少の42歳で首相秘書官に抜擢された。新型コロナ対策に限らず、官邸の意向を盾に年次が上の官僚を叱り飛ばすこともままあった。官邸5階の首相執務室に通じる首相秘書官の部屋には、今井の腹心である佐伯の元気な声がよく響いていた。それに時折、今井が答えるほかには、会話に加わる者がいないという光景もしばしばだったという。

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©iStock.com

 一口に全戸配布といっても、マスクの発注から製造、輸入まで詰めなければいけないことは山ほどあり、一筋縄でいく話ではない。安倍が側近の思いつきをそのまま実行に移したことに、菅は冷ややかだった。菅がその後、安倍にやんわりと苦言を呈すると、安倍は「いいと思っちゃったんだよね」と言い訳した。

 配布を急ぐあまり、アベノマスクの形状は単純な長方形という古めかしいデザインだった。その布マスクを安倍は8月はじめまで、かたくなに使い続けた。岸田も安倍への秋波のつもりか、5月中旬から同じマスクを身につけるようになった。一方の菅は「暑そうだから」と公言し、一度も着けることはなかった。5月7日の記者会見では、魔よけのアイヌ文様を刺しゅうしたマスク姿で登壇した。「俺がつけたことで、あのマスクがすごく売れてるらしいよ」。不評を極めるアベノマスクをよそに、菅は周囲に自慢してみせた。

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読売新聞政治部

新潮社

2020年12月16日 発売