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冬でも読みたい「怖い話」

2021/01/17

source : 文春文庫

genre : エンタメ, 読書

「一度、みんなも東京においでよ。案内するよ」

 彼がそう言うと嬉しそうにご両親はこう言われたそうです。

「じゃあ、お盆休みにでも、お前の所に行くよ」 

 そう再会を約束した彼はそのまま東京のマンションに戻りました。 

帰宅すると妻に異変が

 彼の部屋はマンションの6階にあり、エレベーターに乗り込みました。

 そしてエレベーターの中で、彼は1泊だけとはいえ、自分一人で実家に帰っていたことに妻は気を悪くしていないか。もしかしたら怒るかもしれないと考えていたようです。

 6階について、彼は自宅の扉を開けました。 

「ただいま」

 出来るだけ明るい声でそう言ったそうです。すると 

「あ、パパの声、お帰りー」 

 と4歳になったばかりの息子さんが廊下を走って来てくれたのです。 

 両手を広げて我が子を迎え入れようとしたその時、後ろから走って来た奥さんが、長男を抱きかかえるようにして、そのまま玄関から外に飛び出してしまいました。

 彼は、やっぱり奥さんは怒っているのだと思ったそうですが、何もここまで怒る事は無いだろと、後を追ったそうです。

©iStock.com

 奥さんは、エレベーターのボタンをイライラした様子で連打しており、彼が謝りながら近づいていくと、奥さんは子供を抱えたまま非常口から外に出て、螺旋状の階段を降り始めたらしいのです。 

「ちょっと、そんなに走ったら危ないから話を聞いてくれよ」

「今ちょうど意識が少し戻られました」

 彼はそう叫びながら螺旋階段を走って後を追ったそうなのですが、足を踏み外し、転げ落ちてしまいました。その後、どうなったのかは記憶に無く、気が付いたら病院のベッドの上だったといいます。

 体中が痛くて目が覚めた彼を看護師さんが何度も「大丈夫ですか。 名前は分かりますか」と聞かれましたが、目は開くものの、返事をしたくても声が出せなかったのだそうです。

「一体自分はあの螺旋階段をどこまで転げ落ちたのだろうか。家内と子供はどこに行ったのだろう」

 そんな事を考えている時、 

「あなた、大丈夫なの」 

 と泣きながら叫ぶ奥さんの声がしたそうです。 

「今ちょうど意識が少し戻られました。奥さんは外でお待ちください」