──それで森内さんが佐藤康光さんに声をかけて、3人で始まったんですね。
森内 島さんが「3人でやりましょう。誰かいい人がいたら紹介してください」とおっしゃったんです。3人だと対局しない1人が余るから不思議だなと思っていたんですけど、斬新な発想でした。島さんは、見て学ぶことの大事さに気づいておられたんですね。対局者と観戦者の視点は違いますから、本当に勉強になりました。
惜しみなく明かされた秘術
聞いたことのある答えが返ってきた。
「羽生世代はそれまでの将棋界のどんなところを変えたか」と森内に尋ねると、「羽生世代というか、羽生さんが変えたところは多いですよね」と言う。これは佐藤康光が語っていたのと同じニュアンスだ(273頁)。
多分に謙遜が含まれているし、森内が影響を与えたところは実際にいくつもある。特に顕著なのは、持ち時間の使い方で合理化を推し進めたところだ。
いまのタイトル戦は序盤からハイペースで飛ばす。2日制のタイトル戦では初日から駒がぶつかり、形勢に差がついてしまうこともしばしばある。だが、昔はそうではなかった。駒がぶつかる前に1日目が終わったこともよくあったのだ。
序盤から時間をたっぷり使えば、どうしても終盤で足りなくなる。森内は終盤で逆転負けをしないように、序盤で研究してあるところはノータイムでビシビシ指して、終盤に時間を残すようにした。前述したように、羽生にさんざん逆転負けを食ったことの教訓でもある。「いろいろ工夫しなければ勝負にさせてもらえない人たちが相手でしたしね。私の序盤の早指しは仕方なくやっていただけで、すごいことでも何でもないですよ」と森内は語るが、現在のタイトル戦でも多くの棋士がそのスタイルを取り入れている。
永世名人の森内が将棋界に影響を与えていないはずがない。
羽生さんは周りの棋士を強くしていきました
──羽生世代という言い方がお好みではないのなら、羽生さんは、実際に将棋界のどんなところを変えたのでしょうか。
森内 羽生さんは自分だけではなくて、周りの棋士を強くしてきました。例えばそれまでの将棋界は、序盤戦の情報などは外に出さず、自分と仲間だけで共有することが多かった。でも羽生さんはそうではありません。羽生さんにしかわかっていないような技術や考え方を隠さずに開示していました。秘術を明かすわけですから、短期的な視点で見れば、羽生さんが損をすることはあったと思います。でももっと大きな視野で考えれば、将棋界全体の技術を底上げしているわけです。羽生さんの功績は計り知れないものがあります。
──ほかには何かありますか。
森内 羽生さんは自分が上の立場になっても、「将棋は将棋」と割り切っています。自分たちの先輩の世代だと、「将棋の強さは人間力で決まる」というようなことをおっしゃっている方もいました。普段から威圧するような振る舞いで相手を萎縮させて、盤上で自分が有利になるように導いていたという話も聞いたことがあります。でも羽生さんはそういうことはまったくなく、将棋を盤上だけの勝負にしました。将棋界のオープン化の先駆けだと思いますね。