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被害者遺族のはかり知れない涙

 だから、人を殺したという認識に乏しい。作ったとしても、使ったのはまた別の人間。化学者としての成功と、使用者責任はまた別にある。あるいは、事件が起きたとしても、自分の作ったサリンが使われたとは限らない。まったく別のものかも知れない。いずれにせよ、遠く離れて殺害の現場を知らないのだから、殺人の実感が湧かないのも無理からぬところがあった。

 そんなことを、検察側も意識してのことだったのだろう。

 公判がはじまって、ずっと「黙秘」の姿勢をとり続けて何も語らない土谷に、早い時期から、それも他の共犯者に先駆けて、真っ先に地下鉄サリン事件の遺族を証人として呼び寄せては、次々に遺族感情をサリンの生成者に聞かせていったのだった。

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 その心の叫びは、傍聴席のぼくの想像を遥かに超えたものだった。

 そして、はかり知れない涙を証言台の上に零していった。

©iStock.com

「目を瞑ってないで見てください」

 最初に土谷の前で証言に臨んだのは、通勤途中の日比谷線でサリンを吸引して死亡した当時33歳の女性の母親だった。

 スキューバダイビングが趣味だったという娘との楽しい思い出をひと通り語ってから、あの日のことに触れていく。朝、いつものように娘と顔を合わせ、たわいもない親子の会話を交わす。仕事が休みだった母親は、美容院に出かけていった。それから娘がどのようにして出勤していったのか、母親は知らない。

 ──それが、娘さんとの最後になるわけですね。

 検察官からの質問に、ふと何か別のものに思い当たったように、母親は遠くを見るようにして言った。