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見えない被害者

 土谷正実といえば、地下鉄・松本両サリン事件をはじめとするあらゆる殺害事件に使われた化学兵器サリンを生成した人物だった。独学で、しかもオウム真理教のプレハブ施設の中で、時には中毒症状を起こして死にかけながらも、見事に本邦初のサリン生成を成し遂げている。さらには同じ有機リン系化学兵器VXまで生成し、教団の暗殺事件に用いられている。

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 炭疽菌やボツリヌス菌といった生物兵器を撒くといっては、腐った水しか作れなかったり、ヘリコプターや潜水艦、レーザー兵器や、しまいにはアニメキャラクター『ガンダム』を造るといっては、夢物語で終わったことに較べると、格段にして唯一の成功事例だった。それがまた、教団にとっても不幸のはじまりなのだが、事件発覚後には、米国の専門家が純粋に土谷の化学者としての能力を絶賛しているほどだ。

 このサリンを使って、多くの人を殺傷する。

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 ところが、土谷にとって不幸だったのは、生成までは彼の功績であったとしても、これが実際に使われる場面を見ていないことだった。確かにサリンを彼が作ったのだとしても、これを散布する現場や、苦しんで人が死んでいく場所に、彼は一切立ち会っていないのだ。見ていないのだ。