DX(デジタル・トランスフォーメーション)、サブスクリプション、AI……ビジネスシーンで流行りのバズワードには思わぬ落とし穴がある。新著『逆・タイムマシン経営論』を上梓した競争戦略論の第一人者・楠木建氏と、『超クリエイティブ』が話題の“広告業界の異端児”三浦崇宏氏による特別対談が実現。一読するだけで、数千万浮くかもしれない!? ビジネスの処方箋。(全2回の1回め/第2回を読む)
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定型的なスキルからは絶対に見えてこないもの
三浦 今日は対談の機会をいただきありがとうございます。僕はもともと博報堂にいて最初の3年間マーケティングのセクションだったんですが、実は当時バイブルのように読み込んでいたのが楠木さんの『ストーリーとしての競争戦略』でした。優れた競争戦略は単なるロジックで組み立てられるものではなく、時間的奥行きをともなった美学や思想によって成し遂げられることを学びました。今回の新著ではあらゆるビジネスに対して本質や構造をつかむ知性のあり方を説いていましたが、クリエイティブの仕事にも相通じるものを感じました。
楠木 「本質を見よ、本質は何か」を問いかける点で、三浦さんの『超クリエイティブ』とも共通点が多いと思うんですが、結局それって「これができます・あれができます」という定型的なスキルからは絶対に見えてこないものですよね。
『逆・タイムマシン経営論』は私なりの本質を見極める作法の提案です。ひと言でいうと「バック・トゥ・ザ・フューチャー」。誰しも未来がどうなるのか知りたいわけですが、いったん過去に遡ることによって、本質を見極めて大局観を得る。そのうえで未来に向かっていくべきだという考え方です。
文脈を無視して流行を持ち込んでも意味がない
三浦 すごく面白かったのが、過去数十年を振り返ったときに、その時代ごとに話題になったビジネスのキーワードの検証でした。たとえば「400万台クラブ」――自動車会社は年間400万台くらい売る会社以外は全部潰れるぞというような言葉をはじめ、みんながそれに乗っかったら何か素敵なことが起きるんじゃないかと思うようなバズワードがいかに死滅していったかを書かれていましたね。いまなら「DX」や「サブスクリプション」のような言葉です。
楠木 もちろん「DX」それ自体は大切です。しかし、文脈を無視してそういう飛び道具だけを入れても意味がない。たとえばある会社がDXに成功したとします。経営というのは常に特殊解で一般解はないので、その商売の「戦略ストーリー」、つまり儲けに至る時間的文脈のなかに位置づけてはじめてDXは成功しているわけです。
それを文脈から引き剥がしてコピペだけする――『鬼滅の刃』が流行ってるからと三島由紀夫の小説に「全集中の呼吸で、その火を飛び越して来い」とぶっ込むようなものです(笑)。でも現実には、こんな笑い話のようなレベルの意思決定の錯誤が経営の世界ではしょっちゅう起きています。
三浦 成功の裏側にはその企業固有の文脈があるのに、ある方法論だけ抜き出して他の企業に移植してもうまくいきませんよね。