“邪道”のプロレスラー・大仁田厚の長期計画
ちょっと話がそれるんですが、格闘技ファンとしては忘れがたい、“邪道”のプロレスラー・大仁田厚が王道の新日本プロレスに乗り込んでいった1999年の伝説的試合があります。彼はヒール役に徹して、火気厳禁の東京ドームの花道を堂々とタバコを吸って入ってくるんですが、観客全員がものすごく激怒して、缶ジュース投げたり割れんばかりのブーイングをするんです。結果、何が起きたかというと、めちゃくちゃ儲かったんですよ。チケットもグッズも完売し、テレビの視聴率もすごく上がった。
ここに至るまで、大仁田厚はまず嫌われるまでに十何年もかけて、キャラを作り上げているわけです。ニッチなところで勝負を重ね、メインストリームとは真反対の人間だと示すのに十何年。新日本プロレスという王道の団体に殴り込むぞと宣言してから1年。そのあいだの1回1回の大仁田厚の興行的な数字はすごく悪かったはず。
でも徹底的に嫌われ続けた結果、一回で10年分くらいの利益を上げる伝説のイベントを作り出した。本物の嫌われ役って何年もかからないと作れないんですよ。「1回でも嫌われたらキャスティングボートから降ろされちゃう今のPDCAがあるショービジネスではあんな感動は起きないよね」って格闘技好きたちと話してるんですが、これは日本のビジネスにもそのまま当てはまることだと思います。
本当に国民全体を大きく動かすようなものや、多くの人が熱狂する現象がなかなか作れないのは、短期的な数字に囚われすぎだからだと思うんです。
重要なのは組み合わせよりも順番
楠木 まさにその通りで、まず火薬を詰めないと爆発しない、そして爆発は瞬間だけれども火薬を詰めていくのは通常すごく時間がかかるということ。多くの経営者はシナジー効果という言葉が大好きですが、事業に新しい意味を作り出したり他社とは違うユニークさを追求したりするさい、そもそも「組み合わせ」で手っ取り早くやろうというのが間違いの元。
現実において重要なのは組み合わせよりも、順番です。要するに、ビンタしてから抱き締めるのと、抱き締めてからビンタするのとでは意味が全く違う。組み合わせが大好きな人は、時間的な奥行きがないまま、要素だけ組み合わせてしまう。このほうが手っ取り早いようにみえるから。でも、意味を作り出すのは順番のほうです。ビンタしてから抱き締めるからいいわけですよね。逆なら180度、意味が変わってしまう(笑)。
そういう時間的奥行きをもったストーリーを持たないと、結局のところみんなが乗ってくる魅力的な話にならないんですよね。
三浦 本当にその通りだと思います。 (2へ続く)
写真=文藝春秋/松本輝一
三浦崇宏(みうら・たかひろ)
1983年、東京都生まれ。The Breakthrough Company GO代表、PR/クリエイティブディレクター。博報堂・TBWA\HAKUHODOを経て2017年に独立。「社会の変化と挑戦」にコミットすることをテーマにThe Breakthrough Company GOを設立。ケンドリック・ラマーの国会議事堂前駅「黒塗り広告」、国内外で8つの賞を受賞した「WEARABLE ONE OK ROCK」など、従来の広告やプロモーションの枠を超えたクリエイションが大きな注目を集める。日本PR大賞、カンヌライオンズPR部門ブロンズ・ヘルスケアPR部門ゴールド・プロダクトデザイン部門ブロンズ、ACC TOKYO CREATIVITY AWARDSイノベーション部門グランプリ/総務大臣賞など受賞多数。著書に『言語化力』などがある。