初めからDXありきでなく「本当に必要かどうか」検証すべき
楠木 その会社にとってのDXとは何か、が抜け落ちていたわけですね。僕の言葉でいう「文脈剥離」です。
三浦 そうなんです。相当額のコストをかけたもののうまくいかなくて、それで僕らのところに「デジタルでプレゼンする設備はスタジオまで作ったのでDXはしてあるんです。ただ商談がうまくいかないのは社員のスキルが低いから、プレゼンテーション技術やキャッチコピー開発能力を鍛えてくれ」と相談がきました。
いろいろ聞いて、「いや、これはDXがうまくいってないんです」と伝えました。「御社のデジタル導入は、顧客である流通の店長さんたちにとって何の価値にもなってません」と。地方の流通の方々はいつもパソコンを使って仕事をしてるわけではないけれど、必ずスマホは持っています。だから、なかなか会えないならZoomでGoogle Meetでとアプローチするよりも、「LINEのテレビ電話で商談をしてください」と提案をしました。まったくお金のかからないシンプルな方法ですが、それに切り替えただけでどんどん商談が決まるようになったんです。
初めからDXありきではなく、顧客にとって何が最大の価値になるかから逆算して、自分たちのビジネスの本質に本当に必要かどうか検証すべきでした。アメリカの宇宙飛行士が宇宙で書けるボールペンを作るために何千万もかけて開発したけど、一方ロシアは鉛筆を使ったという笑い話がありますが、このメーカーはまさに同じことをやってしまったわけです。
煎じ詰めれば「気分の問題」
楠木 行き詰まっている企業ほど、焦って時間的な奥行きやストーリーのない特効薬を求めがちなので、文脈をないがしろにして飛び道具に手を出すという、非常に皮肉な成り行きがあります。でもそういう焦りを作りだす「時代の危機」や「日本の閉塞感」って、言ってしまえばみんな気のせい(笑)。煎じ詰めれば「気分の問題」だからこそ、クリエイティブでオルタナティブを示す意味は大きいと思います。新しい「気」を提示すればみんなが動くのも早い。
この本に出てくる大好きな話があって、さんざん女遊びをしていたお知り合いがグーグルに転職したとたん不倫をやめたでしょう、「グーグルっぽくないから」って(笑)。クリエイティブの拠り所となるコアアイデアには、人の気分や行動を変える力があり、行動の規律になることがわかるエピソードですね。