昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

2021/01/17

帰国用のニセ航空券をつかまされた実習生も

 女性は農業や工場が多かった。セクハラに悩み、逃げ出した人が何人もいた。首都圏で働いていた人が中心だが、中には「鹿児島から逃げてきた」という女性もいた。

 いたたまれず、つい口に出た。

「みんな、日本がいやになったでしょ。日本人大嫌いだよね」

 すると、「そんなことない」「楽しいこともあった。いい日本人もたくさんいた」「いい人もいる、悪い人もいる。それは日本もベトナムも同じ」

 気を使ってくれているのかもしれないが、口々に反論するのだ。

「ボクなんか、ベトナム人にだまされた」

 と恥ずかしそうに笑うのはディン・バン・ナムさん(31)だ。やはり技能実習生で、滋賀県のゴルフ場で働いていた。芝刈りやバンカーの整備などに追われる日々だったが、日本人社員は優しい人が多く、楽しかったという。近くにビニールハウスを借りて菜園をつくるなど節約し、毎月10万円を家族に送金。無事に借金も返し、3年間の実習期間を終えて帰国しようとしたところ、コロナ禍に見舞われた。

「このサイトにだまされてニセ航空券をつかまされました」と嘆くディン・バン・ナムさん ©室橋裕和

 入国制限と飛行機の全面運休で、足止めを食らったのだ。頼りは大使館がときおり飛ばすチャーター便だけ。そこに大量の帰国希望者が殺到し、順番を待っているベトナム人はいまも2万人はいると言われるが、困ったナムさんはベトナムのとある旅行会社のサイトを見つけた。

「ベトナム航空が臨時便を出すから、チケットを販売するって。これで帰れると思って、急いで買ったんです。17万円もしました」

 荷物をまとめ、住み慣れた滋賀を後にして夜行バスで東京へ。そして成田空港に行き、予約完了画面を見せてみると、係員に告げられた。

「そんなフライトはありません」

「だまされちゃった」と笑うナムさんの頭を、別の女子が「ばかー」と日本語で言ってぽかんとひっぱたく。有り金はたいたチケットがニセモノとわかったナムさんは、成田からそのまま大恩寺に駆け込んだ。いまは正規のチャーター便を待っている。いろいろな事情で埼玉県のこの場所に集まってきたベトナム人たちが、束の間肩を寄せ合い、そして年の瀬を迎えようとしている。