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本堂にザコ寝して2020年が暮れていく

 午後11時過ぎから、年越しの勤行が始まった。本堂にはホアさんたち困窮者のほか、近隣から一般のベトナム人も集まってきた。簡素な僧服をまとい、チーさんの読経に合わせて、祈りを捧げる。その間、係の実習生がひっきりなしに消毒薬を撒き、扉や窓を開けて換気をする。北関東の寒風がコロナを吹き飛ばしてくれるだろうか。

 ホアさんを見ると、目を閉じて一心不乱に経を呟いていた。

「ここに来るまで、仏教に興味はなかった」

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 と言っていたのだが、しばらくお寺で共同生活をするうちに気持ちも変わったのだという。そんなホアさんたち実習生たちの祈りの声に、コロナに翻弄されるばかりだった年が送られ、大恩寺にも2021年が訪れた。

 とはいえ新年らしいことはとくになく、勤行の後にみんなでお茶を飲むくらい。手づくりだというベトナムのお菓子をつまむ。刻んだ生姜を乾燥させて砂糖をまぶしたものだ。それもすぐにお開きとなって、三々五々それぞれの寝どこに行く。本堂と、夕食をとったガレージに分かれてザコ寝するようだ。お寺に来たばかりの人は当面の間、ガレージ内にあるテントで寝起きすることになっている。感染予防の隔離の代わりだ。女性は個室に集まる。なんだか修学旅行の夜のようでもある。僕は本堂でホアさんたちと布団を並べ、眠りについた。

年越し勤行のあとは、チーさんから祈祷をしたお守りが配られた ©室橋裕和

チャンスがあれば、また日本に来たい

 翌朝7時。鐘の音で目が覚めると、となりのホアさんはすでに仲間たちを蹴飛ばして起こしている最中だった。掃除当番がもう窓ガラスを拭き、畳を掃き始めている。

「朝ごはん食べよう」

 ホアさんが台所に案内してくれた。朝食はそれぞれ自分でつくるようだ。

かいがいしく僕の朝食をつくってくれるホアさん。男の手料理だ ©室橋裕和
朝食のハオハオに乗せる目玉焼きをつくるナムさん ©室橋裕和

「ベトナム人、みんな好き」

 というインスタント麺ハオハオをふたつ棚から取り出し、鍋で沸騰させたお湯に乾麺をぶち込む。調味料の小袋も開けて、さらに卵も投入。あっという間に完成したベトナム式の朝飯を、ホアさんとかき込む。

「今日たくさんお客さん来る。忙しいね」

 その言葉通り、元旦の大恩寺には朝からベトナム人の参拝客が次々にやってきた。ベトナムは日本と同じ大乗仏教の国だ。熱心な人も多い。社会人として働いている家族連れや、とくに困窮はしていない留学生たちも訪れる。年初に当たってチーさんの説法を聞き、お札をいただきに来たのだ。

普通に参拝に来るベトナム人もいる。彼らの多くが、困窮した同胞への寄付や支援物資を持ってくる ©室橋裕和

 彼らもここがどういうお寺なのかはよく知っているから、野菜や米麺などを詰めたダンボールをいくつも持ってきて寄付していく。ふだんの日には「困っているなら、うちで働かないか」という日本人も来るそうだ。

 密にならないようにと制限をしながらも、着飾った来客たちが正月らしい華やぎをつくりだす。ホアさんは今日も引き続き「参拝者応対係」のようで、消毒やご本尊への案内に立ち働いている。

新年は参拝客がたくさん訪れ、困窮実習生たちも忙しい。だが「やることがある」というのが大事なんだろうと思った ©室橋裕和

 慌ただしく過ぎていく元旦の昼食は、ホアさんが火の番をしていた、あのちまきだ。「バンチュン」というらしい。中に豆などが入っていて、なかなかおいしい。それに、具のたっぷり詰まった饅頭なども出てきた。本来はベトナムの旧正月に食べるものらしい。作業の手を休めて、同じ境遇の仲間たちと新年を祝って食べる。

「いろんなこと、忘れるよね」

 ホアさんがぽつりと言う。いつまでこの生活が続くのか、見通しは立たない。それでも年末年始くらいは、みんなでわいわいと正月らしいものを食べることで、いくらか気持ちも和んだようだ。

 帰国できたら、どうするのか聞いてみた。

「なにか英語に関わる仕事ができたらと思っています。その前に、両親が結婚しろってうるさい」

 と笑った後、

「でもチャンスがあったら、また日本に来たい」

 そう言うのだった。