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土気色に変わっていく父親の顔
それから少し遅れて母親が到着する。
「本当にショックだったのか、オロオロしながら……。父の手を握って、ぼろぼろ涙を零しながら『どうして、なんで、お父さんどうして』と泣いていました」
そのときの手帳を検察官が示す。そこには、父親の名前ばかりがびっしり書き連ねてあった。
「母です。病院に向かう途中に無事を祈ることしかできなくて、一生懸命に書いたのだと思います。……その日に病院で見て、すごく切なかった」
そして、翌朝、父の心拍を示す機械の数字がだんだん少なくなっていった。医師が父親の上になって心マッサージをする。それで少しは数字があがるが、またすぐに下がってしまう。次第に顔色も悪くなって、土気色に変わっていくのがわかった。それから、マッサージの続行を断念する。
「父の鼻から、紫色のような血があまりに垂れるので、何度も、何度も、拭いて……。お父さん、ありがとうございました、と言って……。母は、父の手を握って、座り込んで泣いていました」
父の遺体が自宅に戻る日、彼女は家の外に出て父を待っていた。
「どうしても父を自分の手で家の中に入れてあげたかった。ずっと待っていました」
あの日の朝に、いっしょに出た父の帰宅だった。
しかし、彼女は泣かなかった。母親が動揺して、自分が家を支えなければと思ったからだった。無我夢中で過ごし、それから1カ月が過ぎた頃に胃カメラをのむと、胃から出血が見つかった。白髪も増えていた。