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自尊心との闘い

 でも時々、埋葬したはずの自尊心が生霊となって戻ってくることもある。

 ある日、私は半泣きで、お客さまからのクレーム処理をしていた。その日は名指しで私にクレームが入った。「N本の態度が気に食わないから俺は入金しない! 入金してほしかったらあいつに土下座させに来い」というのがクレームの内容だ。

 K藤先輩にひとしきり怒られた後に、クレームの発端になってしまった督促の電話の録音を聞き返してみる。

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「おい、この忙しいのに何の用だ!」

「ご、ご入金のお願いでお電話させていただきました……」

 電話に出たお客さまは最初からケンカ腰だった。

「今日入金しようと思ってたんだよ! あーもー、お前が電話してきたからやる気なくなったわー、頭に来たからもう絶対入金しないから」

 お客さまのあまりの言いように、私はついカッとなって強い調子で言い返してしまった。

「そ、そんな! お客さまがお使いになった代金じゃありませんか!」

「なんだと!! この野郎、偉そうに!」

(し、しまった~……!)

 ハッと我に返った時にはもう遅かった。一度怒り出したお客さまは止まらない。それからはマシンガンのようにお客さまから罵詈雑言を浴びせられることになり、その後、例の私が土下座するまで払わない、という旨のクレームが入るのだった。

©iStock.com

 もちろん理不尽なお客さまの要求を突っぱねなきゃいけない時もある。でも、この場合はお客さまに言い返しちゃいけなかったのだ。理不尽だけど、クレーム処理に労力を取られるくらいだったら、その時間で別のお客さまに電話をかけたほうがいい。

感情労働はツライよ

 督促や、コールセンターの仕事は「感情労働」と呼ばれているらしい。

 感情労働とは、肉体労働、頭脳労働に続いて最近注目されている労働形態の一つだ。

 簡単に言ってしまうと、肉体労働は体を使って仕事をしてお金を得る。頭脳労働は頭を使って生み出したアイデアなどを賃金に変える。感情労働は自分の感情を抑制することでお金を得る。「心を売る」なんて言葉があるけど、まさにそれだ。

 A・R・ホックシールドの『管理される心――感情が商品になるとき』という本の中では代表的な感情労働として、航空機の客室乗務員と集金人を挙げている。

 感情労働をする人々は、たとえお客さまに一方的に罵詈雑言を浴びせかけられたとしても、反論せず黙ってそれに耐え、相手のプライドを満たし満足させることを求められる。

 感情労働は心の疲労の問題が深刻なのだそうだ。肉体労働や頭脳労働の疲れは休息を取り、体や頭を休めることによって解消されるけれど、感情労働による心の疲労は、一日寝たからといって解消される保証はない。こうして心に疲労を蓄積させた結果、感情労働をする人が心を病む確率は他の労働よりも高い。

 それにコールセンターが心を病ませる仕組みになっている点については、いくら挙げてもきりがない。