綿密過ぎる捜査に驚愕
「この三人というのは誰ですか。一人があなたでしょ」
事実、この日、水谷は会社の幹部たちとホテルのラウンジでお茶を飲んでいた。しかも、その代金をクレジットカードで支払っていたから、ホテルにいたのは間違いない。
「どうして今まで隠していたんだよ。嘘をついていたのはなぜですか」
脅すような口調の中にやんわりと敬語を混ぜてきた。もっとも水谷自身は、現金授受現場に立ち会っていない。むろん小沢一郎や事務所とカネのやり取りがないわけではないが、実のところ石川と会ったこともなかった。
「『全日空ホテルに行ったことあるか?』と聞かれたから、『行ったことある』とは言いましたけど、それだけの話です」
たまたま現金授受の当日に、全日空ホテルでコーヒーを飲んだに過ぎない。水谷はそう弁明するので精いっぱいだった。ただし、そのときの領収書まで押さえられていることに、むしろ驚愕し、混乱したという。
「それなら社長の川村はどうですか。大久保の家にまで招かれていたみたいですけど」
検事は、社長の川村が描いた小沢の秘書、大久保の自宅の間取り図を水谷の目の前に置いた。もはや水谷は黙る以外になかった。
「これが、現実の間取りとピタリと一致していたそうなんですよね」
水谷建設の関係者たちによれば、そうして水谷功は観念し、検察に裏金の供述をしたという。それも額面どおりには受け取りづらいが、水谷周辺の関係者たちが捜査に協力していたのはたしかのようだ。
水谷建設は岩手県の胆沢ダム工事に参加するため、5000万円を二度、小沢一郎の秘書に運んだという。特捜部にとって、政治家に対する裏金証言は、宝の山を掘り当てたような貴重な供述だ。通常考えれば、国が発注する公共工事の受注工作として国会議員に裏金を渡せば、貰ったほうは収賄容疑に問われ、贈った側も贈賄罪になりそうなものだ。しかし、水谷建設の場合、下請け工事に入るための工作であり、発注者は元請けの民間企業である。国や自治体が無関係となると、政治資金規正法違反の可能性は残るが、少なくとも贈収賄事件には発展しない。裏金を渡したと証言しても、水谷側が罪に問われる危険性はかなり低い。あえて裏献金を供述した裏には、寝業師、水谷ならではの計算があったのかもしれない。
半面、証言者である水谷にとっての得はほとんどない。せいぜい捜査当局に恩を売れる程度ではないだろうか。それなら、たいして得にもならない供述をなぜしたのか。そこについては、彼の側近たちも一様に首を捻る。
形を変えた検察リークという可能性
「考えてみたら、そうですよね。なぜこの時期に会長が検察やマスコミに話したのかねえ。11月のあの時期、新聞各社が地検の動きを察知していた。それは間違いありません。会長のところに面会したい、という手紙がたくさん届いていたそうですから。なかでも、赤旗の日曜版デスクと共同通信の記者だけ呼んでくれ、というお手紙をくださったのは、会長自身なんです。各社みんな手紙を出していたんですけど、2人は会長のご指名でした」(先の水谷建設関係者)
むろん共同通信や赤旗記者の取材を受けたのは、検察の事情聴取が終わってからだ。すると検察側の了解を得て、インタビューに応じているに違いない。あるいは、検察サイドが供述内容を明らかにすることを望んだとみることもできる。検察批判の逆風から反転攻勢に出て、捜査の方向性を固める。いわば形を変えた検察リークではなかったか。
むろん、捜査の手の内をさらけ出すのは得策ではないが、世論を喚起するための限られた情報リークはよくあることだ。従って、それ以外の詳しい情報は出さない。水谷供述の場合もそうではなかったか。