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プロデューサーが明かすスーパースター沢田研二「勝手にしやがれ」誕生秘話

『プロデュースの基本』より #1

2021/02/10
note

 もちろん歌はよかったし、ひとりでやるっていう意外性も含めておもしろかったです。曲はフォークソングっぽいんだけど、ヒップホップも知っていて、それをループペダル(ギターのカッティングやフレーズ、コーラスなどを録音し、それをバックトラックとして再生できる機器)を使ってたったひとりで表現するんです。キックドラムの替わりにアコースティックギターの胴をたたいてオーディエンスを踊らせるほどのすごい低音をつくる。昔のアコースティックギターを持って歌う人とはぜんぜんスタイルが違います。

 フォークソング+ラップというふたつの要素を組み合わせて新しい音楽をつくっているんです。それにタトゥーだらけなのにアコースティックギターというのも新しいですね。

 そう、時代によって音楽のグルーヴは変化するんです。それに合わせてメロディの譜割りなども、どんどん変わっていると思いますね。本質的なメロディ自体のキュンとする感じとか、そういうものはむしろ変わっていないように思います。譜割りやリズムが、やっぱりどんどん新しくなっていく。これにはなんというか、生活のスピード感とか、そういういろいろなものが関係しているのかもしれません。

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アーティストと作品は寄り添わないことが大事

 山下久美子さんはブルースが好きで、だから最初はブルージーな曲ばかりつくっていました。そうしていると、次第に音楽としてはこぢんまりとまとまっていってしまったんです。またやらかしてしまったと思いました。アーティストに楽曲を寄り添わせ過ぎたんですね。

 反省して考え方を変えて、ポップな詩とメロディをぶつけてみたら、今度は彼女の持つブルージーな魅力が引き出されて、いろんな人に聴いてもらえるようになりました。

 セクシーなアーティストにセクシーな詩を歌わせないということも同じ。要するに、ギャップがあることでアーティストが立体的に見えるんですね。ものをつくるうえで最も大切なことのひとつなんです。人は、ギャップ、多面性を感じさせるもののほうが魅力的に見えるんだと思います。

数学教師のピアノ

 それを最初に思ったのは、高校生のとき。音楽の先生がお休みだったので、僕らは音楽室で自習という名のもとにガヤガヤ騒いでいたんです。

©iStock.com

 そこに担任の数学の先生が様子を見にきて、「うるさい!」と。でもその先生は怒るだけじゃなくて、「おまえら、どこ習ってんの?」と音楽の教科書を開かせた。そうしたら「じゃあ、今日は俺がピアノ弾くから、おまえら歌え」と、ピアノの前に座ったんです。

 先生は思いのほか上手に弾いたんですよね。僕はその姿を見て、なんてカッコいいんだろうと思いました。だって数学の先生なのにピアノが弾けるんですよ。ギャップがあるってカッコいいことだなと、そのときはじめて思いました。