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《44部屋中5部屋がクラスター》大相撲が苦難の時代にも消えなかった理由「そこに土俵があるからだ」

2021/01/30
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異例の緊急事態場所が始まった

 大相撲では年6場所のうち、初場所は格別な位置付けだ。五穀豊穣を願う伝統文化の面からすれば、新春という縁起の良さがおめでたいムードを醸成する。土俵に目を移せば、この1年を占える。今年の顔は誰か。顔になれそうな素材はいるか。国技館内で関係者と擦れ違えば互いに足を止め「明けましておめでとうございます」と、ほほ笑みながら一礼する。だが今年はそんな高揚感とは無縁だった。そもそも感染対策の観点から親方や力士らと報道陣(NHKアナウンサーは除く)の動線が区切られ、あいさつもできない。力士の取材は完全リモート。館内に入れるのは1社1人に絞られた。この方式は昨年7月場所から定着している。

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 出場力士1割減に伴って取組の数も少なくなり、開始時間は先場所よりも1時間15分も遅くて午前9時50分。十両は28人のうち9人が休場し、通常なら14番ある取組は9番に減った。土俵入りでは力士間の距離が広がり、自然とソーシャルディスタンス(社会的距離)が生まれていた。新型コロナ感染の白鵬に続き、鶴竜は腰痛でともに4場所連続休場。初日までに土俵外が騒々しくて横綱不在をすっかり忘れていたが、いざ始まると決定的に寂しい。横綱土俵入りが新春早々から見られないというのは、興行的にも締まらない。横綱は、やっぱり必要だった。

 十両が6番進んだところで、初日恒例の八角理事長による「協会ごあいさつ」が始まった。新型コロナ感染者発生でファンに心配をかけたことへの陳謝、医療従事者への感謝、白熱した相撲で「世界中に感動を届ける」との決意など2分半近くと通常より長いものになった。そして「緊急事態場所」と呼んでいいような状況下で観客が土俵との距離感をいまいちつかめない雰囲気の中、かど番の大関朝乃山は大栄翔の突き、押しに完敗。初の綱とりに挑む大関貴景勝は小結御嶽海に不覚を取った。今にして思えば、初日のこの2番に初場所の明暗が凝縮されていたように思える。

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 本場所というレールにいざ乗ってしまえば、粛々と進んでいくのが大相撲だ。これが国技の力とも言える。感染者は出ず、十両以上でけがや病気による休場者もいない。だが、貴景勝は初日から4連敗で綱とりが消滅し、結局は2勝しかできずに10日目から休場した。同時に十両以上の休場者が17人目となり、2002年名古屋場所の16人を超えて戦後ワースト。皮肉にも異例の場所が不名誉な記録を後押しする形となってしまった。