昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

2021/02/08

source : 文春文庫

genre : ニュース, 社会, 政治, 経済, 読書

談合組織と政界との歴史

 ゼネコンの談合組織における「金丸、植良、平島」の縦ラインだ。平島が西松建設に移ってからの金丸は東京地検に逮捕されて急速に力を失っていくが、いわば金丸の置き土産が西松建設における平島の存在だった。やがて平島の威光が東北の公共工事に届くようになっていく。天皇平島の率いる西松建設が東北地方でも存在感を増していったのはある意味必然だったといえる。と同時に、東北における西松建設の台頭にひと役買ったのが、田中角栄や金丸信の秘蔵子と呼ばれる小沢一郎の事務所だった。元東北支店長が続ける。

「従来、東北では西松建設なんて、まるで相手にされなかった。熊谷組が強かった時期もあるけど、やはりナンバーワンは鹿島でした。小沢一郎さんのところもずっと鹿島一本で推していたし、東北支店のカドさん(門脇一韶副支店長)が取り仕切るようになってからは、鹿島の天下でした。ナンバーツーは三井建設(現・三井住友建設)だった。そこへ金丸さんの遺言のようなかっこうで、植良、平島のラインを使って、西松が入ってきたわけです。西松建設が小沢さんのお膝元である胆沢ダムを受注できた背景には、そんな談合組織と政界との歴史があるのです」

「小沢ダム」と呼ばれた岩手県の胆沢ダム建設を例に出すまでもなく、近年の東北地方はダム建設をはじめとした大型工事が目白押しだった。ゼネコン各社がそこに目をつけ、熾烈な受注競争が展開される。そうして植良や平島という業界のボスが後ろ盾になった西松建設が、これまでになく工事を受注できるようになるのである。

小沢一郎事件の原点

 ゼネコン各社は、宮城県仙台市に東北支社を置き、営業を展開した。水谷建設も例外ではない。前出の中堅ゼネコン元東北支店長が振り返る。

「80年代から90年代にかけ、水谷建設の東北支店長が宮城に乗り込んできました。もともと水谷の政界担当で、三重県の本社から派遣された支店長でした。田中角栄さんの目白邸にも頻繁に出入りし、秘書たちと親交を結んでいた。そのころの小沢さんはまだ若く、さほどの力はなかったように思います。ただ橋本龍太郎や中西啓介なんかと同じく、小沢さんも越山会の女王と呼ばれた金庫番の佐藤昭子のお気に入りで、建設業界では金丸さんの秘蔵子として大事にされていました。それで、水谷建設の東北支店長が功さんを小沢さん本人に紹介したそうです。このときが、小沢さんと水谷との出会いだったのでしょう」

 この邂逅が、小沢一郎事件の原点ともいえる。政治とカネは、突然降ってわいた問題ではない。やがて水谷建設は東北支社のほか、小沢の地元、岩手県にも営業所を開設し、熱心に営業活動を展開した。改めて説明するまでもなく、岩手の営業所開設は小沢事務所に近づくための手段だ。水谷はそこから西松建設に働きかけ、下請けとして秋田県の森吉山ダムの工事を受注する。

 検察はそんな西松、水谷、小沢の関係に目を付けた。そもそも西松建設のダミーによる不正献金だけでは金権政治の息の根をとめる決定打とはならない。そうして東京地検は、全日空ホテルの水谷マネーへ捜査の爪を伸ばしていく。

この記事の写真(5枚)

ツイッターをフォローして最新記事をいち早く読もう

文春文庫をフォロー

関連記事