2021年2月1日。ミャンマー国軍がアウンサンスー・チー氏を拘束し、国家の権力を掌握したと宣言。民主主義の根底を揺るがす事態に各国から非難の声明が上がっている。歴史的なスーチー政権誕生に導いた総選挙から5年が経った今、なぜこのタイミングで国軍はクーデターを起こしたのか。その背景には“ミャンマー特有の意思決定”のあり方も大いに関係するのかもしれない。

 ここでは、「占い」が生活に密接に関わるミャンマーの舞台裏をジャーナリストの春日孝之氏が迫った書籍『黒魔術がひそむ国 ミャンマー政治の舞台裏』(河出書房新社)を引用。アウンサンスー・チー氏やNLDと国軍が水面下でどのような攻防を繰り広げてきたのかを紹介する。

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停戦が実現したとしても、内戦の終わりではない

 ミャンマーの人口は約5100万人(2014年国勢調査)で、政府は135の民族グループを認定している。全体の約7割を占める多数派がビルマ族、その他の134が少数民族という分類だ。宗教で見ると、全体の9割が仏教徒である。

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 ミャンマーは、長いイギリス統治を脱してビルマ族を事実上の支配民族として独立(1948年)した。以来いくつもの少数民族武装組織が「分離独立」を求めて蜂起し、内戦に突入する。国家分裂の危機である。

 今ではあからさまな「分離独立」要求はほとんど聞かれないが、一部武装組織は「自治権の拡大」を求めて国軍との間で散発的な戦闘を続けている。

 テインセイン大統領(※編集部注:大統領在任期間は2011〜2016年。国軍出身だが大統領就任前に退役し、ミャンマーの民主化に務めた。2015年の総選挙でスー・チー率いるNLDに敗れ、大統領を退く)は「全国停戦」を目指し、その数20ほどある武装組織と和平交渉を続けたが、任期中に時間切れとなり実を結ばなかった。ただ、かりに全国停戦が実現したとしても、内戦の終わりではない。組織の武装解除や兵士・将校の国軍への編入といった難題も残る。彼らも「職」を失うからだ。「和平実現」を視野に捉えることすら、まだまだできないという状況なのだ。

 少数民族問題は、政権や国軍の立場で眺めれば、安全保障上の最大懸案の一つである。懸案が払拭されない中で国籍条項に手を付ければ、自治権に絡む条項でも改正圧力が強まるのは必至である。私が話を聞いた少数民族の指導者たちは憲法改正の主眼を「真の連邦制の実現」に置いていた。国籍条項の変更については多くが無関心だった。

「自治権の拡大」は、ビルマ族が主体となった中央集権体制の弱体化を招きかねない。ミンアウンフライン最高司令官(※編集部注:2021年2月1日のクーデターで事実上の国家指導者になった)は「私たちは連邦を分裂させない『安全装置』としての責務を担う」と口にした。自らの機能低下につながるような国家システムの変更には応じない、というのが基本姿勢である。

スーチー大統領実現を阻むかのような「国籍条項」

 軍政期の2008年に制定された現憲法は、大統領(副大統領も含む)の資格要件(第59条)の一つとして国籍条項(f項)を設けた。「本人、両親、配偶者、子供とその配偶者のいずれか」が外国籍なら資格はない。ミャンマーは二重国籍を認めていない。スーチーの夫(故人)は英国籍で、二人の息子やその妻たちも英国籍である。

 NLDは民政移管後の2013年末、国会に提出した憲法改正案でこの条項の「削除」を求めた。政権与党・連邦団結発展党(USDP)も、民主化改革への姿勢を示す必要があり、独自案を提出した。国籍条項をめぐっては「(親族が)ミャンマー国籍に戻るなら大統領候補になれる」を付加した譲歩案だった。

 憲法を素直に読めば、ミャンマー国籍に戻れば大統領候補になれることは論理的必然と思える。しかし政権寄りの一部メディアはスーチー大統領実現に道を開く「驚きの案」と報じた。その一つ、政権与党の日刊紙ユニオン・デイリーのウィンティン主筆(63)に問うと、こんな反応があった。

「(スーチーの)息子たちがミャンマー国籍に戻れば、国民はみんなハッピーですよ。ドー・スー(編集部注:アウンサンスー・チー氏の愛称)が大統領としてその身を国民に捧げる覚悟があるなら当然、息子たちを説き伏せるべきです」