昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

2021/02/04

国軍、そしてスーチーの言い分

 国軍としてはスーチーに対し、「この国の将来を真剣に憂うるのであれば、身辺をすっきりさせて出直せ。できないのならあきらめて別の道を目指せ」ということになる。

 逆にスーチーの立場からすれば、「息子といえどもすでに成人。国籍変更を強いるのは人権問題だ」という主張になる。「旧軍政は憲法の国籍条項に『スーチー排除』を明確に意図して盛り込んだ。外国の支援やコントロールをうんぬんするというのは、後からつけた理屈に過ぎない」となるだろう。

 結局、国籍条項に関しては、スーチーの二人の息子やその妻たちがミャンマー国籍を取得すれば問題は解消される可能性を残しつつ、このまま推移することになる。

 ただ、「スーチー大統領」誕生を阻む国籍条項にかかわらず、憲法改正を求める側に立てば、最大の問題は改正条件のハードルが絶望的に高いことにある。

 国会は上院224、下院440の計664議席で構成されている。このうち、国軍最高司令官が指名する軍人議員が全体の四分の一の166議席を占める。総選挙で各政党が争うのは、総議席の四分の三にあたる残り498議席。しかし憲法改正には全議員の四分の三超の賛成が必要なので、病気などでの欠席や死去に伴う欠員が常態化する中、改正の可能性はゼロに等しい。何度も繰り返すように、最高司令官に事実上の拒否権が与えられている状況だ。

 NLDの憲法改正案起草に加わった国会議員ウインミン(63)はこう指摘した。

「軍人議員は最高司令官の駒に過ぎません。国民に選ばれていない、つまり国民の意思が反映されていない人物に国家の命運が委ねられている現実は非民主的です」

©iStock.com

 国政を左右する大きな課題については、国軍の意向を無視して何も決まらないのが実情だった。その権限を一手に握るミンアウンフライン最高司令官は、確かに国民に選ばれていない。

 スーチー率いるNLDは、国会に対し国籍条項の削除と同時に、憲法改正の要件を全議員の「四分の三」から「三分の二」に緩和するよう要求する二段構えのキャンペーンを展開していた。しかし国会の特別委員会で続く改正論議は、なかなか前に進まなかった。国民的作家で占星術師ミンティンカの「アウンサンスーチーは大統領になる」旨の予言は、こうした状況の中で公表されたのだった(※編集部注:スーチーやNLD、国軍の意思決定はこの「占い」にも左右されてきた)。

 それはともかく、スーチーは記者会見などを通じて「大統領になるための努力を続ける」と繰り返す。主治医ティンミョーウインが言うように「強い意志で一生懸命に努力すれば、目標に到達できる」と信じて。

ロヒンギャ問題の対応への非難

 スーチーは主治医ティンミョーウインが語ったように「仏教徒として一生懸命に」やり切り、宿願だった実質的な国家元首の地位を獲得する。ただ、その後の政権運営の道のりは、周知の通り険しいものになる。私はスーチー政権の発足とともに日本に帰任したが、はたから見て特に気になったのは、厳しさを増す国際社会の視線だった。

「人権と民主主義のチャンピオン」は「堕ちた偶像」とまでこき下ろされる始末。とりわけロヒンギャ(ベンガル系イスラム教徒)の人権問題をめぐり「沈黙」を通してきたことが痛手となる。専制的な政治姿勢やメディアとのギクシャクした関係が、「称賛」から「批判」へと容易に入れ替わる空気を醸成していた。