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中国人花嫁の仲介人

 渡された名刺は「外交弁公室会長」となっていた。これが花嫁仲介をする会社らしい。日焼けした皺の多い顔に笑みを浮かべながら佐藤は屈託なく話してくれた。

「この長井市や近隣の地域の、30歳から49歳までの結婚適齢期の未婚男女の比率は男が8に対して女性が2。しかも、この2割の女性は“田舎が嫌だ”“農業が嫌だ”といって、都会に出て行ったり、農業外の職業の人との結婚に目が向いたりしてしまう。つまり、この近辺の若い男性は結婚どころか恋愛も出来ない状態が極めて多かったのです。それを行政が心配して、“佐藤さん、何か名案はないか”と相談してきたのがそもそもの始まりです」

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 もともと佐藤は、黒龍江省の中国残留孤児の身元引受人に、日本で最初になった人物で、山形県日中友好協会理事という肩書を持っていた。従って中国黒龍江省方正県の行政指導者とも縁が深く、彼らに、軽い気持ちで「日本の農村男性に嫁に来てくれる女性はいないかね」と相談すると「日本にあこがれる女性は多い」との返答にビックリし、地元のためにも、この縁結びに本腰を入れようとしたという。

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 そこからトントン拍子に話が進み、第1回の3組の結婚が成立したのが当時から数えて14年前。つまり、佐藤の中国人花嫁の仲介は“人助け”がスタートで、そこに、日中双方の地元の行政が深く関わっているのが特徴といえよう。

 花嫁の多くは黒龍江省方正県及びその周辺出身。詩織の出身地とも重なるが、佐藤の残留孤児関連の人脈が多いからだ。そして、それぞれの人物調査は面接も含め、徹底してやる。その際、中国側の行政が協力してくれるのが何よりも力になったという。

「初めて方正を訪れた時は、高速道路もなく、ハルピンから10時間もかかった。現地に着いてみると、それこそ、あちこちに馬車が走っていて、結婚希望の女性は、その馬車に乗って農村部から何日もかけて出てきたものだ」

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 費用は往復の交通費や結納金、花嫁の来日費用まで含めて約300万円。もちろん男性側の負担であるが、当今、結婚式場やホテルで挙式するとプラス数百万円はかかる。それに比べれば、安いとすらいえるだろう。しかし佐藤はこうも言った。

「人選はきちんとやったつもりでも、国際結婚そのものは、国境を越えてひとりの人間がやってくるわけだから、書類上の手続きも含め、さまざまな面で、なかなか大変な部分があります。それを乗り越えるには、やはり、間に立つ者が現実をしっかり教え、周囲の人たちが、温かく見守り、困ったことがあったら相談に応じ、さらに一定ルールを、双方が善意を持ってきちんと守るということが大事です」

中国人「毒婦」の告白

田村 建雄

文藝春秋

2011年4月20日 発売