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「悪徳腐敗官僚より売春婦のほうがまし」 貧困からの脱出を阻む中国の戸籍制度のリアル

『中国人「毒婦」の告白』#32

2021/02/25

 2006年、“中国人妻の夫殺人未遂事件”が世間を騒がせた。お見合いツアーを経て結婚した中国人妻の鈴木詩織と、親子ほども年の離れた夫、鈴木茂。その詩織がインスリン製剤を大量投与するなどして、茂が植物状態に陥ったのだ。夫の目を盗んで性風俗で働いていたことや、1000万円で整形した等との噂も影響して、センセーショナルな報道が相次いだ。そんな中、事件記者として取材を進めていた、田村建雄氏は、獄中の詩織から300ページに及ぶ手記を託される。取材の様子を『中国人「毒婦」の告白』から抜粋して紹介する。(全2回中の2回目。前編を読む)

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都市戸籍がない限り正社員にはなれない

 中国の戸籍制度は、重工業を重視し、そこで働く都市部の住民の食糧を確保するため、1958年、毛沢東によって施行されたものだ。その後、都市における労働力不足などにより農村からの出稼ぎ労働力が必要となり、各地方政府は、第三の戸籍とも呼ばれた「青色戸籍」(その都市で働いて良いとする限定的な定住許可証のようなもの)などを売り出したりもしたが、原則的には農村の家に生まれた者は永遠に農村戸籍で、都市生活者の子息のみが、都市戸籍を継承出来るという制度だ。

 この違いは相当に厳しいもので、都市戸籍がない限り、きちんとした会社の正社員にはなれず、その都市で長く働いていても、福祉サービスは一切受けられない。また、その子ども(一家で出稼ぎという例も多い)は都市の公立の学校に入ることは許されない。従って彼らは安い賃金で、不安定な3K労働に従事し、仕事がなくなると、新たな建設現場などを求めて、中国全土を西に東に北に南にと流浪することになる。

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 宿舎は日本のドヤ街がパラダイスに見えるような劣悪なもので、建築中の建物の片隅に寝たり、路上に寝る者も多い。食事は腐りかかった野菜と真っ黒なコメ。それでも彼らが都市に出て働くのは現金収入が得られるし、農村部の生活に比べればはるかにましだからだ。

緩和はペテン、実際は決して貧困から抜け出せない

 もちろん、農村戸籍から都市戸籍に変わる道がまったく閉ざされているわけではない。一流大学を優秀な成績で卒業し、政府機関に就職した者(農村戸籍の場合、まともな教育を受けることが出来ないのだから、天才的な頭脳を持たない限り不可能)か、ずば抜けた身体的能力を持ち、国際的なスポーツ大会などで活躍できれば、この限りではない。とはいえ、それは何千人にひとりか何万人にひとりという確率でしかない。(2021年現在では戸籍制度が多くの都市で緩和、廃止という報道もあるが、そのハードルが高いという証言は多い)