山形さん逃亡後も、支払いは続いていた
私の手元にある、母親が出金状況を記した出納帳は2冊。それらには多くの付箋が貼られているため、現状を維持したまま判読できる数字は限られていた。また、この2冊は同時期のものなのだが、なかに記された数字は双方に共通するものもあれば、若干ながら異なっているものもあった。
両者を比べると、92年末段階での、85年から8年間の合計支払い金額は、片方が126,298,242円、もう一方が135,398,737円と記載されていた。どちらが正しい数字であるかは、私の手では判然としなかったが、検察が主張する、約1億3000万円という金額を裏付けるには、足るものであると思う。ちなみに、検察官が残したと思しき付箋によれば、彼らは後者の出納帳を採用し、そのうち関係する合計支払い金額を127,014,395円と算定していた。そうなると、より主張する金額に近い。
松永らの裁判で出てくるのは、この時期までの支払い金額に限っている。しかし、出納帳に目を通していくと、じつは母親が、山形さんが松永の元から逃亡した93年1月以降も、かつて息子名義で借金をしていた金融機関の督促に応じ、残債を支払っていたことが判明する。
それは95年末まで続き、約3年間で400万円以上に及ぶ。さらに94年の一部と、96年から98年にかけては、明らかに狙いを定めて母親に近づき、金銭を引き出していた人物の存在も露呈した。
松永のまわりの“悪い奴ら”からも食いものにされた山形さんの母
その人物はワールドの元社員であるNという男。Nはまず94年6月に2回に分けて、山形さんに関係するカネの返済ということで、5万円と20万円を、さらに同年9月に5万円を送金させていた。母親は出納帳の別のページに、Nから電話があった旨を記しており、その横には「和解説明、支払い方法について」や「和解す」と記載していることから、なんらかの和解金が必要だとの説明を受けたと考えられる。山形さんにも確認したが、もちろんそのような覚えはなく、Nが山形さんの名前を使ってカネを騙し取ったものだと思われる。ちなみにNは松永の元を逃げ出しており、その背後に松永がいたとは考えられない。
この手口でNは山形さんの母親から、96年に35万円、97年に41万円、98年に173万円(いずれも振り込み手数料を除く)を騙し取っていたのだった。
また、松永と付き合いのあった銀行員(当時)にRという珍しい苗字の男性がいるのだが、彼と同じ苗字の男性が、97年10月に母親の元に連絡を入れていた。母親は出納帳に「康介交通事故支払いで借用した」と記載しており、Rに対して220万円を支払っている。ちなみにその内訳は借金が200万円で、利子が20万円というものだった。Rを知る人物によるなりすましの可能性もあり、同一人物であるかどうかは判然としないが、この件についても、山形さんのあずかり知らない出来事だ。
まるで近年の“オレオレ詐欺”を彷彿とさせる手口だが、山形さんとその母親は、松永と、そのまわりの“悪い奴ら”に、すっかり食いものにされていたことが、事件の発覚とともに明らかになったのである。