“カッパの松”と毎日新聞記者との出会い
たまたまその愛宕署に、不良狩りに引っかかって拘引されてきた一人の異色の中学生グレがあった。
「おい、面白いヤツがいるぞ」
署長が塙に声をかけてきた。
「何ですか」
「一風変わった不良だ。酒も煙草もやらんし、頭もいい。それにガキのくせに妙に筋っぽいヤツなんだ」
という署長の話に興味を持った塙は、刑事部屋でその学生グレと会って話を聞くことにした。
話を聞いているうちに、塙はこの少年の頭の回転の速さに内心で舌を巻いてしまった。
〈なるほど、署長のいう通りだ〉
それが若かりし松田義一─後年の“カッパの松”だったのである。
「何か欲しいものはないか」
と聞く塙に対し、
「甘いものが欲しい」
と松田は答えた。そのため、塙は1週間ほど菓子の差し入れをしてやったものだった。
20年後、偶然の再会
それから二人が再会するのは、約20年後の敗戦下の新橋である。塙がNHKの録音取材に協力しているとき、二人はバッタリと出会ったのだった。
「これからの時代は、旧態依然のままのヤクザではやっていけません。関東松田組も、近い将来には近代的な商事会社に変えていくつもりです。塙先生のお知恵をお借りしたい。ぜひ、相談にのってください」
松田は塙に懇請した。
関東松田組の事務所を新橋に置いて、新橋制覇の野望に燃えたった松田が、力によって新橋駅前の露店市場を一手に押さえるまで、そう時間はかからなかった。
その先頭に立ったのは、千葉刑務所時代に松田に惚れこんで若い衆となり、関東松田組に馳せ参じた命知らずの精鋭たちだった。
新橋はよその地域と違って、テキヤのほうは戦後、一種の混乱地帯となっており、戦勝国民と称する連中が多数入りこむなど、庭主の統制がとれていなかった。それだけに関東松田組のような愚連隊が介入するのも可能であったといえる。
松田は関東松田組の名で新橋露店市場の制圧にかかり、統制下に入ることを拒んで牙をむいてくる者に対しては、容赦なく力でねじ伏せていった。