男と女の事情
「あの……これは旦那さまの借金ですから、奥さまにお支払いいただく義務はないのですが」
「いいえ! 私がお支払いします!」
その女性は毅然とした口調でキッパリと言い切りました。
私たちカード会社は、契約をしたお客さま自身に対してクレジットカードを発行したり、融資をしたりしています。当然支払いの義務は契約者本人のみに課せられ、たとえ家族であっても連帯保証人になっていない限りはカードやキャッシングの返済をする必要はまったくありません。
でも、ご家族が任意で入金をする場合は、その返済を受け取っても良いということになっています。それゆえ本人がまったく返済する意思をなくしてしまった場合、本人に代わって家族が返済をしているケースも、たびたびあったりするのです。
「主人はもうここにはいませんし」
「へっ? で、ではどちらに……」
「さぁ? 女性と蒸発しましたから、どこへ行ったのかは分かりません」
予想外の対応
突然聞いてしまった複雑な家庭の事情に、うっ、と言葉に詰まってしまう私。
連絡がつかないのでは、もうこのお客さまからの回収は難しいかもしれません。もしこのまま入金がなかったら、信用情報機関に延滞の連絡が行って、今見知らぬ女性とどこにいるのかも分からないこのお客さまは、この先カードやキャッシングを利用できなくなってしまうのです。でもそれと同時に、電話口に出た奥さまの心情にも胸が痛みます。
旦那さまが他の女性と蒸発……。督促の電話をかけていると、本人が行方不明になってしまったということを聞かされることは少なくないのですが(!)、こういう場合、電話口の奥さまはどんな気持ちなのかと、ついつい想像してしまい胸が痛みます。
「では、また改めますね」。本人がいないのではしょうがないと、私がそう言って電話を切ろうとしたときでした。
「待って、だから支払いは私がしますから」
電話の向こうから予想外の言葉が聞こえてきたのでした。