たとえば、(ネタバレになるが)興行収入30億円を超える大ヒットとして今もロングラン中の『花束みたいな恋をした』の中で、映画のラスト近く、別れた麦(菅田将暉)と絹(有村架純)が再開するシーンで、萩原みのりは麦の「今カノ」、現在の恋人役を演じている。
そこで萩原みのりに求められているのは、『有村架純よりも魅力的に輝くこと』ではない。映画の観客が2時間感情移入してきた麦と絹の物語、その結ばれない思いの終わりに「今はこの子とつきあってるんだ、確かに可愛いしお似合いだけど、でもね」という苦く切ない思いを喚起する役だ。それは誰にでも出来るような役ではない。
萩原みのりは『はな恋』ラスト間際の短いワンシーンで、麦の今の彼女が元気で可愛らしい、でも有村架純が演じた絹のようにマニアックな本は読みそうにない、いかにも絹と別れた麦が選びそうな「現実的」な女の子であることを見事に演じている。その演技力がこの重要な作品の、セリフもほとんどないが決定的に重要な脇役に萩原みのりが選ばれた理由だ。
だが、「絹よりも輝かない、影の役」を完璧に演じてしまうことによって、観客に「あの魅力的な女の子は誰」と思わせるチャンスは逃すことになる。
萩原みのりの大きな転機となった『お嬢ちゃん』
このカメレオンのジレンマを打ち破るには、たとえば「強烈な演技で主役を食ってしまう」という方法もあるのだが、萩原みのりはそうした映画のバランスを崩す演技を好まないのだろう。まるで優秀な中継ぎ投手のように、重要な場面で登板し、作品というチームを勝利に導くものの、個人成績は0勝0敗のままという不遇の時代を萩原みのりは重ねてきた。
俳優として萩原みのりの大きな転機となった作品は、2018年に二ノ宮隆太郎監督による単独主演作『お嬢ちゃん』だろう。そこで萩原みのりが演じたのは怒りを抱えた女の子、社会に対する説明不能な不満を飲み込んだ21歳の女性だった。映画は単館公開ながら大きな反響を呼び、萩原みのりの名を多くの映画ファンに知らしめることになった。
この映画は実は、DVD、配信、いかなる方法でも現在見ることができない。二ノ宮隆太郎監督の作品は基本、メディア化がされていないものが多いからだ。だが、多くの映画ファンと映画関係者に強い印象を与えたこの作品以降、萩原みのりの名前と実力への注目は目に見えて変わっていく。