高校を中退して、アルバイトを始めるつもりだと言う。あと1カ月すると母親が刑務所から戻ってくるから、バイトをしてお金を稼いで、母親を迎えてあげたいというのだ。少女は母親に対する不信感も持っていたが、「やっぱりママが好き」なのだった。
山埜井は特に反論することもせず、彼女の話に相槌を打って別れた。
生きるのが下手だけど、みんな生きようとしている
それから約1カ月後、唐突に彼女の訃報が伝えられた。死因は睡眠薬の大量摂取。彼女が亡くなった当日、母親はまだ刑務所におり、父親はオーバーステイで入管にいた。
「僕は自殺じゃないかと思ったんです」
誰でもそう思うだろう。
「でも、真相は違ったんです。もうズタズタの子でしたけれど、自殺ではなかったんです」
兄の証言などから、少女が亡くなった日は、アルバイトの面接がある日だったことがわかったのだ。
「いろいろあって生活が乱れていたんでしょうね。このまま夜更かししていると翌朝のバイトの面接に遅刻してしまうからって、お兄さんに睡眠薬をもらったんだそうです。それを飲み過ぎちゃって、翌朝、お兄さんが起こしに行ったら冷たくなっていたというんです。だから彼女は、仕事をしに行くために眠剤を飲んだんです。失敗しちゃったけれど、彼女は生きようとしていたんです。全然、ダメじゃなかった。寿の人たちは子供も大人もみんな生きるのが下手ですが、でも、みんな生きようとしているんです」
山埜井は涙声になった。
「僕は踏み台にされて、蹴とばされて、消えていけばいい」
「寿町には、その辺にいるおじさんが、家出してきた子供を普通に泊めてやったりする時代があったんです。僕は権力の側に立つんじゃなくて、この町の力を信じる立場でいたいんです。子供たちが自分の可能性を伸ばしていこうとするときに、よっしゃ! と言ってやることしか僕にはできないんですよ」
山埜井はやはり、「こちら側」の人間なのだと思った。どこまでいってもエリート育ちの過去は、捨て切れないのだ。ただ、たしかにこちら側の人間ではあるけれど、いつの日か「あちら側」の世界が広がっていって、新しい「公」を生み出すことを夢見ているのではないか。
「もう、そういう時代は去ってしまったのかもしれないけれど……。僕は踏み台にされて、蹴とばされて、消えていけばいいかなって思っているんです」
山埜井もまた、生きるのがひどく下手な人間のひとりなのだ。
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