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2021/04/16

genre : ライフ, 社会, 読書

「心が子どものまま」の受刑者

「心が育っていない」

『職親プロジェクト』に関わった人間の多くが元受刑者に対して抱く印象だ。しかし、そのときはまだこの言葉の本当の意味が、私にはピンときていなかった。社会環境の変化によって、核家族が増え、社会とのつながりが希薄となったいま、問題のある家庭で育った子どもの多くが、見た目は成長していても、「心が子どものまま」だというのだ。おそらく、そんな状態のまま、罪を犯し、保護施設に隔離されているので、「社会に出て自立しよう!」「世間を見返してやる!」「いまに見てろ!」なんて気概も湧いてこないのだろう。

 その後、少年院の加古川学園で一人と面接をし、採用することにした。それから、先に美祢で面接をした二人にも合格を伝えた。ちなみに、今回採用を決定した3人には、ともに刑務所から出たあとの身元引受人がいなかった。誰も身元引受人になってくれないということは、社会的に孤立した状態にあることを意味する。親兄弟がいなかったり、いても絶縁状態だったりする。こうしたケースでは、私たち『職親プロジェクト』のメンバーが身元引受人になって、雇用するのだ。

“犯罪者”のためではない

 私は、「働きたい」と希望してきたやつらは、更生したい気持ちがあるから希望しているのだろうから、仕事と住む部屋さえ与えれば、あとは勝手に更生するだろうと考えていた。その「心が育ってない」という問題も、働く中で自然に育つだろう。とにかく、周りに迷惑をかけずに真面目に働いてくれさえすればいい。いや、極端な話、こちらに損害が出なければいい。私はそう考えて、希望してきた受刑者は、形だけの面接はするが、原則全員雇ってやろうと考えていた。

 このプロジェクトは、社会貢献にもなるし、人手不足解消にもつながる。頑張って働いてくれさえすれば、“犯罪者”でも関係ない。今回、内定を出したのは、会社のため、社会のためであり、“犯罪者”のためではない、それに、何人か雇っておけば、その後、『職親プロジェクト』からも身を引きやすくなるだろう。断じて「犯罪者の支援」なんかじゃないんだ、という言い訳を、自分に対してしていた。ただ私は、性分から、この言い訳だらけの中途半端な状態に、居心地の悪さも感じてもいた。

 2013年8月のことだった。大阪市内のホテルで『職親プロジェクト』の2カ月に一度の会合が終わったあと、喫茶店でメンバーとお茶を飲んでいた。私は少し前からテレビ局の取材を受けていて、この日はその番組の放送日だった。私たちは携帯電話のワンセグを使って放送を観た。

 番組では裁判の映像が流れ、『職親プロジェクト』の加害者支援に、被害者遺族でありながら参加しているということが、大きく取り上げられていた。ロサンゼルスで妹が夫に殺されたこと、裁判で大変な苦労をして有罪を勝ち取ったこと、そしていまは『職親プロジェクト』に参加して元受刑者らの就労支援活動をしていることがまとめられていた。