「あの事件では同じ毒物が被告の自宅から見つかっていますが、それでも冤罪との声が上がったくらいです。それ以上に物証の乏しかったこの事件に無罪判決が下ったのは、妥当だったと言えるでしょう。ジャンパーを捨てたという証言や、自転車を塗り替えたという証言も、やはり状況証拠に過ぎず、確定要素ではない。司法が慎重な判断を下した結果だと思います」
(中略)
真相の行方
無罪となったN元被告だが、彼は2014年11月、大阪で38歳の女性をメッタ刺しにして重傷を負わせた殺人未遂の罪で逮捕されている。その事件の報道の中には、彼が以前、舞鶴の事件は自分がやったと、拘置所仲間に話していたというものもあった。
「拘置所内で武勇伝のように吹聴したという話ですから、嘘か本当かは分かりません。犯罪者の中には、やっていないこともやったと言って自慢するような、自己顕示欲の強い人間も多いんです。しかし、もし事実だったとしても、一事不再理の原則から、彼がKさんの事件で裁かれることはありません。法律上、Nは絶対に犯人ではないんです」
その後の2016年3月、N被告はこの殺人未遂の罪で懲役16年の実刑判決を受けて確定し、大阪刑務所に服役。服役中の同年7月に死亡した。病死と見られている。
いったい真相は、どこにあるのか。そして犯人は誰なのか――。その“霧”が晴れるまで、Kさんと遺族の無念が晴れることはない。
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過剰なまでの凄惨な暴行、そして現場の状況から何が見えてくるのか。浮かび上がる犯人像については「迷宮探訪」で詳述されている。
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註1「袴田事件」……1966年に静岡県清水市(現・静岡市)で起きた強盗殺人事件。1968年に死刑判決が下るも、証拠が捏造されたものである可能性が高いなどの理由から2014年に再審開始が決定。しかし、2018年に東京高裁が静岡地裁の決定を取り消して再審請求を棄却。それに対し2020年、最高裁が高裁の決定を取り消して審理が差し戻された。現在は審理中。
註2「和歌山毒物カレー事件」……1998年、和歌山市にある住宅地の自治会の夏祭りにおいて、用意されたカレーに猛毒のヒ素が混入され、それを食べた67人が病院へ搬送され、4人が死亡した事件。直接的な物的証拠はなかったが、警察は同じ町内に住む主婦を犯人として逮捕。主婦は容疑を否認したが、2009年に死刑が確定した。