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スプーンでの食事が精一杯、受刑者が受刑者を“老老介護”…刑務所が直面する「高齢化問題」

いま刑務所で何が起こっているのか 広島・尾道刑務支所編 #1

2021/05/08

genre : 社会

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 次に作業着への着替えをする。

 しかし、車椅子や手押し車で移動する高齢受刑者は着替えに時間がかかるため、別の部屋で同じ工場の受刑者が手助けしながら着替えをする。通常は立ったまま着替えるが、高齢者には難しいので畳を敷いて座って着替えられるように配慮してあるのだ。確かに見ていると立っているのもつらいようで、椅子に座ったまま着替えをしていた受刑者もいた。特に靴下をはく際には体勢を屈まなければならないため、一苦労だ。着替えの場所から工場の自分の席までは、ほんの数メートルだが他の受刑者につかまりながらゆっくりと移動する。

「どうやってやるんだったっけ? 忘れた?」

 工場担当の刑務官が受刑者の前に立ち、朝の挨拶をする。

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「おはよう、今日は大変寒いです、朝晩寒いです。風邪をひかないようにしっかり、うがい手洗いするようにしてください。作業始め!」

 午前7時50分、刑務作業が始まる。ここで行われているのは一般企業から受注した部品の組み立てや商品の梱包などの軽作業だ。A受刑者の様子を見てみると刑務官と何やら話をしている。

「どうやってやるんだったっけ? 忘れた? きれいにして並べるんぞ! おい、〇〇(A受刑者の名字)、聞いとるか、コレをこちらに移す。違う、違う、これがあるやろ、これをこっちに移すんだ。そうそう。こちらをそろえてって!」

 刑務官がしきりに注意をするが、どう見ても仕事のようではない。小さく切った紙をそろえているだけなのだ。実は、他の受刑者が行っている作業が行えないため、担当刑務官がA受刑者だけに割り当てた作業だというのだ。しかし、しばらくすると手が止まり、眠ってしまう。刑務官が「おい! ○○!」と注意する。

「はい」

 と答え眠りから目が覚める。刑務官が言葉を掛ける。

「やらな……続けてせにゃ! 手をしっかり動かさなきゃダメで……、わかるか?」

 作業時間中、ずっとこうしたやりとりの繰り返しになっていた。

 また、勝手に他の受刑者と話していた高齢受刑者には、

「しゃべるとき、相談するときは手を上げる、な? これはルールじゃ。話すときはどうしよる? まずそこからや」

 高齢受刑者は「はい」と答えると、

「あんた叱りよるわけじゃない、間違いを指導してるだけ、怒ってないからな」

 とすかさずフォローもする。高齢者ならではの処遇なのだろう。

©️iStock.com

「食事以外のことは自分でできない者もいます」

 刑務官歴20年以上だという担当刑務官に聞く。

──高齢受刑者はコミュニケーションをとるのは大変ではないですか?

「そうですね、多弁な受刑者が多い半面、一切話をしない、周りと隔壁を持ったような受刑者もおりますので、こちらから声をかけることもしています。特に初犯の受刑者はあまりしゃべらないというか、周りになじめないという者もおりますので、できるだけこちらからも休憩時間などに体の具合はどうかとか、声を掛けるようにしています」

──認知症が進んでいるような受刑者はいるのですか?

「徘徊したり、ここはどこかわからないという者はいませんが、高齢のために記憶力が低下していたり、理解力に欠けていたりという受刑者も数多くいます。生活面は、何度も同じ注意とか指導をして、大きな声で言わないと理解してもらえない、ということもありますので大変です」

 そしてA受刑者の作業内容について聞く。

──彼にはなぜあのような作業をさせているのですか?