米イリノイ州シカゴの劇場で、年400回、スタンダップコメディの舞台に立つ日本人がいる。Saku Yanagawa、奈良県生まれの28歳。世界11か国で公演を行ない、今年、Forbes誌が選ぶ「30 UNDER 30」(世界を変える30歳未満の30人)に、アジアの代表として選ばれた。
スタンダップコメディとは、マイク一本で舞台に立ち、トークで観客を笑わせる芸能で、アメリカのお笑い界のメインストリームだ。ときに政治を風刺し、人々が気づかない人種差別やジェンダー差別など社会問題にも切り込む。彼の目に映ったアメリカ社会の変化とは。(全2回の1回目/後編を読む)
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「ヘイ! コローナ!」を爆笑に変えたひと言
「ヘイ! コローナ!」
客席からそんなヤジが飛んだ。アメリカではコロナの流行がまだ本格的には始まっていない2020年3月。このヤジに笑いが起きつつも、差別の臭いを嗅ぎ取った会場には微妙な空気が流れた。
その男性がハイネケンを飲んでいるのを見て、Sakuはとっさに返した。
「ヘイ! ウェイター! 彼にコロナ・ビールを5本、持っていって」
さらに畳みかけた。
「支払いは誰がする?」「メキシコ」
当時、トランプ大統領が、メキシコとの国境に壁を建設する費用は誰が負担するのか問われ、「メキシコ」と答えたのに引っかけたのだ。
この返しに会場は爆笑に包まれ、スタンディング・オベーションまで起きたという。
こんな一瞬も気を抜けない厳しい舞台で、7年間、挑戦を続けてきた。いつもうまくいくとは限らない。ネタで滑りまくった揚げ句、客席からビール瓶が飛んできたこともある。
大阪大学卒の元野球少年が渡米した理由
出身大学は大阪大学文学部で、演劇と音楽を専攻していた。なぜスタンダップコメディアンになろうと思ったのか。Sakuは関西弁でこう語り始めた。
「中学・高校時代は甲子園目指してずっと野球やってて、大学でもやって、何ならメジャーリーガーになりたいと思ってたんですけど、肘を痛めて野球ができなくなった。それで、大学3年のときに、テレビを見ていたらニューヨークでスタンダップコメディをやっている小池良介さんが紹介されていて、衝動的に、これやっ!て思った。翌日、ニューヨークに飛んだというのが始まりです」
飛行機の中でネタを作り、ニューヨークに着くと、コメディクラブ(劇場)を検索して1軒ずつ回り、「皿洗いをする代わりに舞台に立たせてくれ」と直談判した。17軒回って1軒だけ舞台に立てた。「足が震えるほど緊張した」が、意外にウケたという。そこにいたコメディアンに誘われ、スタンダップコメディの本場、シカゴの劇場でも舞台に立った。
走り出したら止まらない感がハンパないが、「経験のない人間は動くしかないっていうのが、なんとなく、野球やっていたときからわかっていたので」とこともなげに言う。