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「俺はそれまで小沢一郎の指示でやってきただけ」かつての金庫番が明かす“政治とカネ”問題の知られざる真相

『泥のカネ 裏金王・水谷功と権力者の饗宴』より #31

2021/05/24

source : 文春文庫

genre : ニュース, 社会, 政治, 経済, 読書

水谷功の証言

「会談は鹿島の東北支店幹部から誘われました。そこに高橋さんがいらっしゃったのは事実です。もともと高橋さんとは知り合いでもありましたから、そこに来るのはそれほど驚きではありませんでした」

 こう告白する。

「(高橋とは)小沢事務所でも、本人が議員になられてからは彼の議員事務所でも、何度も会うていますから。創和の件を頼まれたのも、たしかにその通りです。ただ、いつもより多い手数料(調整金)については、それをどこにどう使うのかなんて、聞くわけにいかないやないですか。まあ、多いとは思ったけど、仕方ありません」

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 水谷建設が創和から要請された1億円前後の「手数料」について、水谷功は関知するところではないというが、知っていて話せないというのが、本音だろう。一方で、くだんの受注工作の経緯から常識的に見て、小沢サイドが無関係だとは考えづらい。

 00年6月、高橋は自由党から比例区東北ブロックで初当選していた。胆沢ダムの基礎掘削工事の入札は03年のことだから、すでに本人は国会議員になっている。とはいえ小沢は、高橋に対しいつまでも秘書のような扱いをしていたのかもしれない。国会議員でありながら、それらしくない石川知裕(編集部注:小沢事務所の事務担当秘書を務めていた)のようなイメージだろうか。

 創和との関係でいえば、この間、小沢、高橋両サイドへの献金が官報に掲載されている。むろん裏金ではなく、表向きの政治献金だが、参考にはなる。それによると、95年から99年まで、小沢の政治団体「陸山会」へ200万円。00年から02年にかけ、「自由党衆議院比例区東北第三総支部」へ720万円となっている。両者は、支部の代表が高橋で、党のトップが小沢という関係にある。

「まして胆沢ダムなんて知りませんよ」

 そのあたりを含め、創和元社長で元秋田県知事の寺田に聞いてみた。

「社長を辞めたのは、20年も前の話です。県会議員などは辞めたあとも裏で会社を経営しているけれど、私は一切タッチしてない。だから会社として小沢側と交流があったとは思うけど、その中身はわかりません。まして胆沢ダムなんか知りませんよ」

 と、こう答える。

「私自身は知事の一期目が終わった(01年4月)あたりから、小沢さんの覚えがめでたくなくなった。というか、要するに小沢さんとの関係でいえば、もともと(創和が吸収合併した岩手・水沢の)久中建設系と高橋さんとが仲良くやっていたというだけです。小沢さんのとこに止宿していた俺の息子(注:小沢の秘書だった長男)なんて、小沢さんが散歩に連れ歩く犬より、自分の身分が下だとこぼしていたくらい、モノが言えない。小沢さんはそんな人です」

 たしかに今は寺田と小沢は仲たがいしている。寺田は知事退任の翌10年におこなわれた参院選で、みんなの党から出馬して初当選を果たしている。だからこそ遠慮なくずけずけ言うようにも思える。次男の寺田学についても、民主党内にいながら、現在(編集部注:取材当時)は菅直人側近だから、小沢とは関係ないと強調する。

 では、鹿島の東北支店幹部と高橋、水谷の三者会談は何のためにおこなわれたのか。

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