1ページ目から読む
5/5ページ目

終生変わらぬ最愛の人

 こう話す清二は、しかし楽しそうだった。

「うちは貧乏でした」

 何か宣言でもするように声を張り上げた。静かな涙を流した清二は今、童顔のような表情で笑っていた。

ADVERTISEMENT

©iStock.com

「それほど貧しかった。そんな中、妹の邦子と3人、まさに寄り添って生きていたんだ、僕らは」

 一転笑顔が消え、どこか決然として何ものとも相容れない硬い表情になる。清二は思い出していたのだろう、母と妹との生活を。貧しいながらも操は幼い清二と邦子を慈しみ、その生活は清二にとって苦い、苦しいばかりのものではなかっただろう。しかし、親子3人の生活にはもう1人“部外者”が存在していた。康次郎である。康次郎の存在が当時を思い起こす清二から笑顔を奪い去る。

「お父様はたまに訪ねてくる存在だったわけですね?」

「そう。たまにね……」

 清二の応答は実にそっけなく冷たかった。そこには、インタビューで何度となく康次郎から受けた愛情について語り、父への懺悔にも似た言葉を口にした慈悲深い表情は一片も見られなかった。その素っ気なさ、冷たさは、康次郎が母親にした仕打ちへの怒り、憎しみであることははっきりと見て取れた。老人といえる年齢になっても、清二は身の内に常に抑え難い情念を抱え込んでいた。この時も、生々しい怒りと悲しみを隠すことはできなかった。尋常高等小学校に通う少年は、母を奪う康次郎も許せなかったが、父に唯々諾々と従う母にも時として怒りの矛先が向かった。けれども、母は清二にとって終生変わらぬ最愛の人だった。